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碑文谷公園くらぶニュース 第77号 [地域のこと]

碑文谷公園くらぶニュース
2017年 秋の号 碑文谷公園くらぶ発行
第77号 天候不順な夏が終わり、イベントの秋、そして暮が近づきます

あったことをなかったことにする。大手を振ってまかり通っています。歴史の教科書や官邸の疑惑、関東大震災の追悼でも同じことがありました。
ミサイルや水爆をもてあそんでいる北朝鮮に、もっと北風を・・と主張する向きがありますが、話し合いの場を閉ざしてはなりません。
突然の出来事。所信表明なしで臨時国会の冒頭の解散。前後した希望の党の立ち上げに右往左往する議員の面々。大義どころか、誠実さを期待することさえできない姿に、空しさが募ります。
夏の終わり、被爆者の立場から原爆の悲惨さ、核兵器廃絶を訴えてきた谷口さんと土山さんが相次いで亡くなられました。どのように意思を受け継ぐことができるでしょう。 (文責 熱海)

1.一年ぶりの盆踊り
昨年は事件のため、盆踊りが中止でした。
今年、一年ぶりに櫓の太鼓が響き、踊りの輪を盛り上げました。矢張りいいですね。
二日目は大雨で中止でしたが、天気に恵まれた初日7月29日は大賑わい。模擬店の前に大勢の人だかりができ、去年の借りを返しました。

2.夏のラジオ体操・スイカ割り 
夏休みに入り、碑文谷六丁目自治会のラジオ体操の最終日・盆踊りの朝、恒例のスイカ割りです。

3.花の公園の秋の花植え 
こんな公園が好き、リピーターの嬉しい声。金銀の木犀の香りを愛でに来てください。

4.いつの間にか秋 
今年の夏は、40年ぶりという長雨でした。7月で暑い夏が終わり、残暑もありませんでした。 祭りの後は秋。あちこちで咲いていた曼珠沙華。

5.秋のイベントの予定 
模擬店、会員の皆さんの手助け、お願いします。
① 体育の日10月9日は「めぐろスポーツまつり」
ボッチャ体験教室、少年野球教室、テニスレッスン、ソフトテニス教室など、企画満載です。
どなたでも参加できます。お楽しみに。
→一日晴れ。例年通り、子どもたちが野球場を走り回り、神尾さんのテニスレッスンに大勢の人。

② 10月28・29日は第21回鷹番住区まつり
住区センターでの作品展や演芸発表会、29日に鷹番小学校での運動会、模擬店などの催しがあります。
くらぶは29日鷹小での苗木配布が担当です。

③ 11月12日スポルテ目黒の13周年記念イベント
多くのスポーツ教室を提供してくれているスポルテ目黒、13周年イベント。いつもと同様、様々な参加型・体験型のスポーツが繰り広げられます。

◆◇保育園の計画について◇◆
皆さんご存じのように、目黒区では、保育園が不足しており早急に拡充が必要とされています。
耐震上の理由で平成23年に公園事務所が閉鎖されました。その跡地に保育園を誘致することが、昨年区で決まりました。昨年のニュースでお伝えしましたが、跡地に保育園を作ることに、近所の方が異を唱えています。影響を受ける方の事業の理解と同意は必要です。
ここは公園の一角です。施設を造る場合でも、豊かな緑の中、憩いの時間を過ごせる空間であることが叶えられ、みんなに喜んで受け入れられる計画にして欲しいものです。
《公園くらぶより》

【【 目黒区からのお知らせ 】】
旧公園事務所跡地への保育所整備計画については、昨年の5月と11月に意見交換会などを開催させていただきました。
そこで、旧公園事務所の解体と保育所整備については分けて話し合いを進めることとなり、防犯・防災性や安全の確保のために、老朽化した建物の解体への取組みを進めています。また保育所整備についても、頂いた多くのご意見をふまえ、区内部で保育所整備に向けた検討・調整を進めてきたところです。
頂いたご意見の中に、公園づくりの観点からの議論が欠けている、とのご指摘もありました。今後、碑文谷公園における保育所整備に関して、地域の皆さまで検討する会を開催していきます。日程などが決まりましたら、改めてご案内させていただきます。
【みどりと公園課・保育計画課】

★☆ お知らせ ☆★
○この秋は、「公園を話し合う会」はありません。公園のこれから、保育園の計画、くらぶの今後の活動など、くらぶとして話し合うことは多いので、定例会への皆さんの参加をお願いします。
○公園の利用日など
・ボート、11月まで土日・祝、4時まで

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ロシア革命から100年 その4  [時事]

私物化された組織は異臭を放つ。
それは一人の人間の思想のみが許され、参加する人の自由を奪い、組織の多様性を失うためだ。
そのことを実感させる日々だった。
閉ざされた空間の空気の淀みは出口なしの状況を作り出す。外から見ると滑稽な行為だが、中に閉じ込められたと思ってしまった人にとっては、自己保身はどんな思想にも勝る選択の物差しだったのだろう。
それが、ここ数日、目の前に繰り広げられた希望という名の蜘蛛の糸の争奪戦であった。

安倍政権による大義なき解散は、国家を私物化して未来への道を顧みることのない破廉恥漢のなせる業と思っていたが、吹きまくる逆風の前で戦うことを放棄し、新たな風になびき、誰が見ても国家主義政党に党を売り渡した前原もまた、安倍と同様に恥を知らない。
戦線離脱することをもって嘗て政権党であった民主党・リベラルの旗を降ろした彼に、政治的矜持はなかった。これで、戦後民主主義の一翼を担ってきた、旧社会党の理念の一部を引き継いできたリベラルの党が灰燼に帰すのだ。残るは、弱小の共産党、どの程度の議員を衆院に送れるか見通し不良の立憲民主党を除いて、改憲を目指す国家主義の政党であり、二大政党であろうが、体制翼賛の政党しか残らない。
この出来事は、日本の政治における画期なのだと思う。

さて、今年は大きな何かがある節目の年であり、最悪、安倍政権下で法制度化されてきた戦争ができる国づくりに日の目が当たる年、狂ったトランプによる金正恩潰し=北鮮への軍事的侵犯、それに続く極東での戦争の勃発かと思っていたが、違うシナリオが提示された。
その軍事的局面を迎えるための体制の準備、日本で政治から中道左派が退潮し、改憲勢力が国会に充満するとことが現実になる。
平成天皇の退位を前に、まさに、戦後の終わりのレールが敷かれる。国難は、直接北鮮からの軍事行為ではなく、北鮮の脅威を煽った挙句の国内のナショナリズムの席巻であった。

そして次に来るのは、新自由主義国家、弱者に自己責任を要求する社会。敗者を簡単に切り捨て葬り去る社会である。

その後、独裁権を行使しようとした小池から篩にかけられることを潔しとしなかった、護憲派の左翼リベラルに分類されるメンバーが、前原に民進党代表選で敗れた枝野を中心に新たに新党(立憲民主党)を旗揚げするという動きがあった。
1996年に結成された民主党は20年続き、その間3年政権党であった。
安倍一強に立ち向かうには、悪臭漂う体制に対する叛旗を掲げる基本姿勢に立ち戻って、立て直すこと、その誇りが必要だった。そんな志のあった党を見捨て、従来の主張を否定し去る反リベラルに身売りすることにどんな正当性が成り立つのだろう。

維新の会と野合した民進党は1年半の命であった。その政治的妥協が、後戻りのできない曲がり角だったと今では思う。
立憲民主党は新党になるわけだから、民進党を継ぐわけではなく、民進党の財産を引き継ぐ権利を有するのは希望の党である。そしてイニシャチブをとった希望の党の党首小池は、差別と排除の素顔を現し、安全保障体制に異を唱え、共謀罪反対を訴えていた護憲派を切り捨て、改憲支持と外国人参選忌避を希望の党の候補者としての条件に加えた。
国家主義者に人選を委ねれば、このようになることは分かっていたはずだ。
しかし同時に、この不寛容な独裁者然とした小池の対応は、希望の党に対する幻滅を人々に植え付け、支持者の多くを離反させた。

管、鳩山、小沢、岡田、野田、旧民主党の設立時に肩を並べていた中で、唯一前原だけが政治的詐欺に引っ掛かり地に落ち、蓮舫の後塵を拝する屈辱を味わった。
民進党最後の代表の肩書を望んだ彼は、二度目の政治的詐欺にあったわけではない。きっと昔の仲間たちに対する意趣返しなのだろう。彼は平然と、リベラルを売りにしていた党を、猫かぶりの極右政党に売り渡した確信犯だったのだ。

しかし何故、こんな見え透いた茶番劇が生まれたのか。
民主主義、自由主義、愛国、自分たちの立ち位置を矜持としてひけらかし、国民に支持を訴えていた議員たちが勝手に作り出した妄想は、自分自身の欲望に拠り所をもっていたのだと改めて思う。
自己保身とはこのように惨めな姿をさらけ出すものか。誇りを投げ捨てることに少しの後ろめたさも持っていない彼らに、筋を通すこと、政治家としての一貫した思想性を期待していたことは誤りだったのだ。
自己保身という面からは更に上を行く自公の党首、安倍や山口、そしてその取り巻き連中に揶揄されることが止むを得ないほどの失態だった。
哀しいかな、国粋主義者安倍率いる自公連立与党を利するこのドタバタ劇は、今の日本の姿をそのままに表している。
元目黒区議坂本史子が立憲民主党から出馬する旨のニュースに辿りついた。ホッとした。

さてこの連載のお題に戻る。
近代、帝国への仲間入りを翌年に控えた大政奉還から150年、資本家からの労働者の解放を夢見たロシア社会主義革命から100年、戦後民主主義が世界で花開いた学生の反乱から50年の今年、我々はその内の何を原点としているのだろう。
今回の突如動き始めた総選挙を、この歴史上の出来事を原点とする立場の複雑に絡んだ争いだと見ることはできないだろうか。自公、希望、維新は大政奉還に、共産はロシア革命に、立憲民主は若人による体制への反乱に軸足を置いていると。立憲民主が出てきて、日本の政治風土に漸く多様性が描かれるのだ。

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ロシア革命から100年 その3 [時事]

現在日本で生じていることはロシア革命に比べればはるかに矮小であるが、政治が動く季節には、様々な風景が回り灯篭のように消えては現れる。野合も離反も、外から見れば政治屋達の欲望が透けて見える。
彼らの思惑によって、政治の状況はめまぐるしく変化し、次々に新たな局面を迎える。
枝野が新党「立憲民主党」を旗揚げすると聞いたときまで考えていたことも、少し触れておく。

この節目の年は、日本でリベラルの姿が消える画期の年になるかもしれないと、新党「希望」による政治的選別=左派思想の排除の報道を受けたとき、一時であるが思った。

ベルリンの壁を壊した新自由主義の圧力の下でポピュリズムが政治の世界を席巻し、グローバリズムの反動としてナショナリズムが息を吹き返し、社会主義の次に標的となった左派リベラルの衰退をもたらした。

こんなことを考えていたら、10月28日、森友・加計の疑惑隠し以外に理由不明の突然の臨時国会の冒頭で安倍首相から解散宣言がなされ、総選挙の態勢に入った。
無論、政権党から野党になって以降、党の体制が体をなさずにいる護憲勢力である民進党を潰し、改憲に一挙に王手するという彼自身の思惑は見え透いているが、現時点で改憲勢力は国会の三分の二を得ており、何故、今という問いに答えられない。

最近の株価の上昇は、トランプの金融政策による世界の株式市場の上昇が映し出された結果であり、日本の企業の業績が上向きになったおかげではない。
アベノミクスの効果は上がっておらず、金融緩和、為替介入、国債購入といった、黒田日銀による劇薬を注入し続けない限り、日本の財政破綻を招くが、東京オリンピックまで体裁を取り繕うにはこの経済政策をとる以外に手はなく、選挙目当ての消費増税によって財政危機をカモフラージュすることが喫緊の課題となっているのだろう。

北鮮の水爆開発と精度のよいミサイルの発射が繰り返され、金正恩国家主席とトランプ大統領との間の挑発合戦が、戦争勃発の一発即発の緊張関係を作り出している。
安倍はその危機を日本の軍備増強、更には改憲の好機とばかりに、トランプにすり寄り、国連で、北鮮との対話は無意味、圧力だけが解決する道であると強弁し、一人悦に入っている。
この浅はかとしか言えない天下の恥さらしを頂いていることに、なぜ日本人は耐えているのだろう。
北鮮危機を戦後最大の国難とばかりに追い風とした改憲が掲げられる総選挙を前に、突如、代表交代したばかり前原が民進党を解体し、小池新党「希望の党」に合流するとの報道がされた。

都民ファーストで旋風を起こし都知事になった小池は安倍と同じ日本会議に属している。
小池新党は、小泉元首相の弟子とばかりに原発ゼロを旗印に掲げたものの、新自由主義を信奉し、9条改憲を厭わない国家主義を支持する、保守政治の党であり、戦争法、共謀罪に反対を唱えていた民進党のメンバーがその軍門に下るのは、信義にもとる行為である。
安倍一強政治を終わらせるために、対抗勢力に加担し、二大政党時代を自ら作りだすという誇大妄想に憑かれ、蓮舫を引きずり降ろし、代表になった前原は、民進党を自らの手で解党し、小池に政権経験のある政党を差し出すことを選択した。

政治において二大政党は目的ではなく、政権交代のための手段である。
目的は、政策の実行にあるが、前原民進党は恐らく、自らなすべき政策論をもっておらず、多数派工作のみが政治だと思い込んでいたに違いない。
何と哀れな日本のリベラル派の末路だろう。

待っていたのは踏み絵だった。
先だって、碑文谷公園で遊び出して以来17年の付き合いがある坂本区議から、6期目の区議を辞め、故郷の山口に帰り、民進党から立候補するという便りが届いた。
時が時であり、何ともやるせない気分に満たされた。

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ロシア革命から100年 その2  [時事]

権力に反対する人間を仕分けの対象にするのだろうか。民主主義の知恵、多様性こそが求められる現代における踏み絵。力を正系とする勢力による異端の排除。左派を切る思想統制の道。この浅はかな政治の情景、もう少し格調高い節目の日を迎えたかった。

さて、10月に入った。ボルシェビキが権力を奪取したロシア10月革命が1世紀前にあった。そのことに敬意を払いたい。1世紀前は決して現在と無関係な過去ではなく、現在に通じてくる大きな歴史上の出来事があった過去である。

18世紀にイギリスで起こった産業革命は、19世紀新たな工業を生産基盤とした経済システムが先進諸国に広まり、従来の地域を治めた王族と違った新たな支配階級を都市に生んだ。
農村から都市に集まった農民層=労働者階級を工場労働によって搾取し、富を収奪した資本家階級という階級が成立し、両者の対立が激化した。その対立をアウフヘーベンする新しい政治運動として、労働者階級による人間の解放を夢見た共産主義思想が芽生え、経済思想として理論的に説いたマルクス主義が生まれ、先進諸国にその思想が広まった。
定期的に恐慌を起こす資本主義はマルクスによって定義された。

帝国主義が世界進出を強めた19世紀後半、国際的な労働者の統一戦線インターナショナルが生まれ、パリコンミューンが生じた。
帝国相互の覇権が争われた第一次世界大戦、日露戦争で打撃を受けたロシア帝国の崩壊に乗じてレーニンによる社会主義革命がもたらされた。
このロシア革命を嚆矢とした20世紀は、社会主義の実験の世紀だった。

ロシア革命後に成立したロシア・ソヴィエト連邦は、レーニン亡きあと、トロッキーなどを粛清し、最高権力を継いだスターリンによって一党独裁の政治に邁進した。
そこで採用された計画経済は、ロシア国内での生産力の増大、特に貧困だった農村部での生活の向上に寄与したが、閉ざされた市場の下で、競争原理を喪失したために硬直化し、思想統制の下で、悪しき官僚主義に陥った。

一次大戦後、世界秩序維持のために英仏米ソを中心とした国際連盟が作られ、世界の植民地の分割が進んだ。
世界大恐慌後、戦争によってしか経済の回復ができないほどに世界は疲弊し、後から来た帝国主義国日独伊は植民地の利権を求め、国際連盟から脱退した。
欧米諸国と枢軸国が覇権を争った第二次世界大戦を経て、世界は社会主義と資本主義の東西の二大陣営に分割され、米ソを頂点とする冷戦時代に突入する。
ソ連に対する西側の知識人、労働組合等による信奉は厚く、ソ連の核実験すら支持されるほどだった。小百合のデビュー作、キューポラのある町の時代、北朝鮮もまた幻想の中にあった。
現在の北鮮のミサイル技術を見ると、人工衛星においてソ連がアメリカを凌駕した時代があったことを思い出す。またソ連に対する幻想が強かった頃、日朝友好が叫ばれ、北鮮に憧れ、帰還する人々が相次いだことも忘れてはいけないことだろう。

ヨーロッパとの緩衝地帯としてソ連の支配下に置かれた東欧諸国を、ソ連の軍事的一党独裁の支配という悲劇が襲った。
ソ連国内での粛清が明らかになったのは、東欧の弾圧の酷さを皆が知るようになってからだ。スターリニズムはいつの間にか、嫌悪すべき呼称となった。
何度か東欧で生じた反乱、57年ハンガリー動乱、68年プラハの春はソ連によって弾圧されたが、計画経済体制が弱体化した89年東欧革命、ビロード革命後に、ベルリンの壁が崩壊した。
東欧社会の崩壊はあっという間だった。
20世紀の初めに現れた社会主義を標榜する国家体制は、20世紀の終わりに潰えた。新自由主義のグローバリゼーションの中に活路を見出している中国、金王朝による独裁下の北朝鮮、両人民共和国は、社会主義の幻想を我々に与えてくれない。

大戦後できた国際連合は、冷戦時代をどうにか乗り切ったが、21世紀の今日、9.11後のテロの時代、新たに拡散する核の時代に対応しきれない姿を見せている。

新自由主義の台頭がもたらした新しい形の資本主義、人間の欲望を全開した市場原理主義との競争によって東欧の社会主義体制が崩壊し、20世紀の幕を下ろした。
一世紀前のロシア革命が幻想の中に閉じ込められた今、平等を求め、人間の解放を夢として掲げた社会主義の負のイメージが現代に直接連なっている。
更に新自由主義が勢いを増し、その反作用からナショナリズムが世界的に台頭し、社会主義の次に敵として標的とされているのがリベラリズムである。
民主主義を自ら獲得し、リベラリズムが定着している欧米では、ナショナリズムに対抗する勢力はまだ力をもっているが、歴史の浅い日本では、リベラリズムは追い詰められ瀕死の状態になっている。

尖閣・竹島・北のミサイルなど近隣諸国の不愉快な動き、特に最近の北鮮の挑発が右派ナショナリズムの追い風になっているが、格差社会、雇用不安、非正規雇用、若者の貧困、保育園問題、長時間労働、消費増税、原発再稼働、辺野古基地建設、オスプレイ、ヘイトスピーチなど、護憲の立場を堅持し、平等主義を目さすリベラル勢力の声がなければ、日本は更に凋落していく。
歴史を軽んじることを恥としない風潮の下で、中道左派の21世紀初頭の姿は、まさに国難である。

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ロシア革命から100年 その1 [時事]

今年は、大政奉還から150年、ロシア革命から100年、学生の反乱から50年と、歴史的に節目の年に当たり、米朝の危うい対立があり、それほど安心している状況にない。

選択的外交の下で、250年以上パックス・トクガワーナが続き、文化的に恵まれ、経済的に豊かさを維持したことは奇跡だった。
列強のアジア侵略の象徴であるアヘン戦争、20年間世界を安定させたパックス・ブリタニカと同時期に江戸幕府の平和な時代が終焉し、薩長土肥連合の勝利による大政奉還から150年である。

列強の侵略により没落した清王朝、植民地支配による世界の分割を果たした帝国主義の世界的な形成期に、日本は明治維新後に富国強兵の下日清・日露の両戦争、東アジアの雄としての地位を確立した。
帝国主義の覇権を争った第一次世界大戦を好機に、一気に社会主義国家を目指したロシア革命が起きてから100年である。

大正デモクラシーにより一時の幸せを謳歌した後、先進国に仲間入りしようと、日本は侵略戦争に明け暮れた。
日中戦争を引き起こし、南京事件など、東南アジアの植民地支配を広げ、第二次世界大戦。日独伊三国同盟の下、真珠湾攻撃からほぼ75年経った。

二つの原爆投下を受けて、ポツダム宣言を受理し、敗戦=無条件降伏。その酉年に私は生まれた。
天皇の人間宣言があり、民主主義体制が導入された。
朝鮮戦争特需で経済の立て直しが進み、米ソ・東西冷戦、日米安保により米軍基地を支え、西側の前線としての地位を得た。
その後60年安保闘争があったものの、平和憲法下での高度成長、東京オリンピックを経て、GDP世界2位に駆け上がり奇跡の戦後復興と言われた。
先進国の仲間入りをした後に、ベトナム戦争・反戦、学生の反乱・パリ革命が起きてからほぼ50年である。

毛沢東主導の中国の文化大革命があり、沖縄の返還(=基地の固定化)が続き、日米安保の下で平和を享受し、一人当たりGDP3位(90年前後、ピークは88年)の豊かさを謳歌した。
そして世紀末に近く、ベルリンの壁が崩壊し20世紀を貫いた社会主義の実験が終わり、EUが誕生し、日本ではバブル崩壊と大変動を経験して早25年経つ。

その後、日本の低迷をなぞる平成不況(失われた20年)、世界をマネーゲームに放り込んだ新自由主義の世界支配、01.9.11(アメリカ同時多発テロ)、イラク戦争、ジャスミン革命、11.3.11東日本大震災、福島原発メルトダウン、中国の台頭、中国に追い抜かれGDP3位(一人当たりGDP22位)という激動が続いた。
そして今日、拡散するISが仕掛けるテロ、シリアの内戦、パックス・アメリカーナの終焉、イギリスのEU離脱、中国・欧州を結ぶ一帯一路、北鮮のミサイルと原爆実験、トランプと金正恩の挑発合戦、差別主義の蔓延、世界の不安定さは増している。
近代の歴史から見ても節目の年であるように思える。戦後の長い間アメリカ中心に形成されてきた世界秩序とは違う論理が勝りつつあり、経済的に超大国になった中国がその鍵を握る。日本は、人口減少の非可逆的な時代に入った。

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伊勢籐で [エッセイ]

昨日伊勢籐で高坂と飲んだ。
この店は、大学の時、高校の同級生が山で遭難したという知らせを受けて、近くの大学に行っていた輩から呼び出され、飲んだのが始めだ。その雰囲気に惚れて通い始めてから、半世紀経った。その間、囲炉裏端で静かに座り、酒を温めていた祖母様、やや神経質な親父殿を経て、今は若旦那が客相手をしている。私にとっては三代目である。先日久しぶりに妻と行ったが、行く機会は本当に減った。
以前、私が20代の時に勤めていた会社の同僚で、誕生日が同じ彼と、毎年ここで飲んでいた。京都からわざわざ来てくれた彼がつぶやいた。10年ぶりぐらいだと。そうかそんなになるのか。二つ下の彼が古希を迎えた。お燗を頼んだ。6時から8時まで、きっちり2時間、胡坐をかきながらひたすら飲んだ。何合飲んだかは分からない。二人とも少しも乱れず、ただ飲んだ。話は途切れなかったが、何を話したか余り覚えていない。
ただ祇園の山車が有名だが、京都の祭りでも由緒ある神社の神輿の巡行は重要だということ、神社には末社がなく、下賀茂神社ですらも、式年遷宮するのに金の工面に四苦八苦しているという話を、興味があったので覚えている。
酒の度に増えるつけ出し以外、肴に豆腐とクサヤを頼んだだけだ。こんなに飲めるのは彼とだからだろうな。〆にし勘定をと立ちあがろうとしたら、二時間の胡坐がきつく、しばらく足を延ばす羽目になった。こんな年までこんなことをしているとは思わなかった。本当に年だ。
帰り、五十番で肉まんを買う。それもお定まりのコースだ。以前と違ったのは、憂陀で二次会ができなくなったことだ。その店は閉店して20年近く経つ。
京都の土産だと、漬物をもってきてくれた。そして別れる飯田橋のホームを電車が出るまで、ドアの前に立って、きちんと送ってくれた。律儀で、義理がたい友だ。

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暗澹たる数々の形容 [時事]

都議選惨敗にみる支持率の低下、人気回復のための内閣改造後、野党から要求のあった臨時国会を開かず、彼らは殆ど仕事をしてこなかった。
突然の衆院解散、しかも所信表明すらない、通常国会の冒頭解散との噂がまことしやかに飛び交っている。説明責任を軽んじ、いくつもの疑惑から逃げ続ける彼に、そもそも大義を求めること自体が誤りなのだ。
官邸が関与した加計疑惑を迫る護憲勢力を、煩い蝿と同じように潰さんがための独善的な解散であるように私には映る。官邸主導による特定の人物に対する利益誘導は、決して軽いことではない。

北鮮の核ミサイルを追い風とし、対話より圧力をと、東アジアの隣国の制裁を国連で訴える。北鮮と国境を接する中ソは対話路線を掲げている。
海を隔てているだけの違いなのに、日本は、武力行使をほのめかす狂気のトランプ頼みを鮮明とする。そして同じ国連で120を超える国々が合意した核廃絶を観念論として排除する。
それが、アメリカによる二度の原爆投下を受け、平和憲法をいただいている国の元首の姿なのだ。

しかし、対自公勢力が、改憲勢力であり、日本会議と緊密である小池新党、野党共闘を拒み安倍による改憲議論を否定しない前原民進党であることを思うと、情けなさが募る。

恥を恥と思わない安倍、そして権力を笠に着て、好き放題が許されると信じている彼の政権を形容する表現、四文字熟語を中心に追ってみよう。
党利党略、私利私欲、国家私物化、官邸主導、傲慢不遜、独断専横、分断政治、奢り
地域再生、総合特区、岩盤規制破壊、森友・加計、利益誘導、内閣官房、利権の巣窟
一党独裁、歴史改竄、教科書検閲、解釈改憲、国粋主義、戦前回帰、基本的人権否定
対米追随、原則撤廃、沖縄差別、辺野古埋立、琉球蹂躙、核廃絶反対、核容認、
北鮮挑発、対話放棄、圧力外交、侮辱・差別、植民地支配、従軍慰安婦、靖国の英霊
人権無視、傍若無人、格差容認、弱肉強食、ネトウヨ、誹謗中傷、嫌中韓、
五輪名目、共謀罪、審議打切り、強行採決、テロ対策、バブル誘発、
特定秘密法、言論弾圧、戦争法、安保法制、軍事優先、九条改憲、海外派兵、
復興道半ば、福島原発、安全宣言、避難指示解除、汚染地帰還、原発利権、原発再稼働、
財政破綻、規制緩和、金融緩和、株価優先、円安誘導、貧困連鎖、雇用破壊、非正社員、
疑惑隠し、隠蔽体質、情報非開示、原理主義、利権国家、監視社会、言論弾圧、
責任放棄、首相のご意思、忖度、強弁・詭弁・居直り、記録廃棄、忘却、不誠実

東アジアに災いをもたらすのは、金王朝だけではない。
武力をちらつかせ、金正恩に屈服を迫るトランプ、虎の威を借りたい一心で、白人至上主義者のトランプにすり寄る、知性のかけらも感じられない安倍。彼らが長けているのはハッタリである。
彼らのチキンレースに巻き込まれることなど御免こうむりたい。

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「コミュニティの今後について」11 [コミュニティノート]

補足:町会と住民自治について
この春の町会の総会に向けて、事前に町会員から住区住民会議と町会について次のような質問があった。町会が担う住民自治の観点から、住区住民会議と町会の違いなどについて、私なりに回答をしたものを以下に示す。

●町会員からの質問
町会費をベースにするのではなく、区から補助などにより、できる範囲でコミュニティ活動をする。住区住民会議と町会が併存する必要はないのではないか。

◆→以下が私の回答
→憲法92条以降に定められている我々の地域生活に直結する地方自治は、団体自治と住民自治によって構成される。団体自治である行政による事務は、法律上決められているが、活動内容について法律上の定めがあるわけではない住民自治は、団体自治である市町村行政への住民参加、選挙、行政と住民とをつなぐ町会活動などを通じて実現されているとされる。ここで、住民自治の一部を担う町会活動は、地域のコミュニティ機能を強め、具体的なセイフティネット(生活の安全網)を作り出すことであると考える。
※阪神大震災後、コミュニティの多様化が進んだ時代において、社会のセイフティネットを考える上で、NPOが不可欠であるという社会認識は強まり、4年後の1998年に制度化するに至ったが、身近な地縁型の住民自治組織としては、町会を念頭に置いて良いと考える。

→そのため町会は、地方自治における下部組織ではなく、団体自治である区と対等な位置づけのもとで、地域社会において活動する住民自治の団体として、自立する存在であり、自前の資金を確保し、独自の活動を展開していく必要がある。
この行政から自立した存在であることが重要なのは、戦前の町内会(国の肝いりで作られた隣組を下部組織に持つ)のように行政の下部機関になり、住民の相互監視などを通じて体制翼賛の担い手になることを避けるためである。

→鷹番住区住民会議は会費をとっておらず(会員制度となっておらず)、様々な組織が施設を利用している住区センターの施設管理者であり、区の助成と関係町会による諸出資、独自の事業により運営されており、自治組織である町会とは別の目的の、行政と住民とを繋ぐ組織である。関係町会との連携は上手くいっており、単に団体自治の代行者でなく、住民自治の一部を担っている。

→なお、町会が行政の補助によって運営されることになった場合、行政は宗教行事を認めないから、結果として祭礼をやめることになる。これは、町会として認められない点である。

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「コミュニティの今後について」10 [コミュニティノート]

終わりに
  個人的にであるが「碑文谷公園くらぶニュース」、及び「鷹番町会だより」の2つの季刊のコミュニティ情報紙を編集、発行している。
前者は碑文谷公園の拡張に際して協働をうたって、公園の活動団体をつくった21世紀初頭から17年間、最新号が75号であり、カラープリンターの印刷に要するインク代を公園活動団体への助成としていただいている。
後者は町会に携わった後、町会の宣伝も必要だし、町会員との繋がりが何か足りないなと感じてから3年間、最新号が14号であり、印刷は町会費を当てている。
奇しくも二紙とも鷹番住区住民会議のHPに掲載されているが、発行責任者である会長は女性であり、そこに、オープンなコミュニティの鍵があるのかも知れない。

碑文谷公園くらぶニュースhttp://takaban-juku.net/koen
:対象は会員、体育館、公園内掲示板、鷹番住区センター、公園課などに掲示・配布
:季刊で1月、4月、7月、10月に発行
:碑文谷公園の四季・事件の情報、碑文谷公園くらぶが自主的に携わっている花の公園の管理、繰り広げられる様々なイベント(住区住民会議による火まつり大会、碑文谷公園くらぶ主催の安心・安全・福祉をうたう桜フェスティバル、スポルテ目黒主催の館まつり:フレンドパーク、こども動物広場主催のポニー祭り、住区住民会議・地元町会等による盆踊り、目黒区体育協会によるスポーツ祭りなど)の紹介など、地域の緑の中心である碑文谷公園に関する情報誌。

鷹番町会だよりhttp://takaban-juku.net/chokai-jichikai/takaban12/chokai-dayori.
:対象は町会員、回覧、掲示、鷹番住区センター、警察、消防、小学校、中央地区サービスセンター、包括センターなど
:季刊で年度末の3月、総会後の6月、八幡祭礼9月、年末12月に発行
:各号ともテーマを決め、行政、教育、町会関係者など、できるだけ多くの方に書いてもらうことにより、町会活動にとどまらず、地元の様々な動きを紹介する。また、各号で報告と予定を掲載することにより、町会員の関心を高めてもらう。

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「コミュニティの今後について」9 [コミュニティノート]

9.今後の地域コミュニティのあり方
1)時代に応じたコミュニティの議論の必要性
住区住民会議は、与えられた役割を十分に果たしているが、残念ながら時代遅れとなっている側面があり、新たな社会的課題に対して機能していない現実を見つめる必要がある。仮に現在の状態を問題であるとするのであれば、区は、現状の問題点を明確にした上で、既存の地域コミュニティに着地する議論の設定ではなく、あるべきコミュニティの議論を通して、コミュニティ施策全般の見直しを図るべきであった。
これが、当該素案に目を通した私の結論である。即ち、パットナムの問題提起にあるように、今日のコミュニティが置かれている状況は、地域コミュニティを議論して済む時代のものではなくなっており、その認識に立つ限り、区の問題設定では、適切な答えを得ることはできないだろうということである。
なお、この素案の問い掛けに対して、私なりの考えを以下簡単に記しておく。

2)住区住民会議、町会・自治会・商店会の今日的な役割分担のイメージ
住区住民会議の制度が発足して、約40年の時間が経つ。制度ができた時代と今日とを比べれば、社会は大きく変化し、人口減少時代に突入している。当時、参加型社会を前に、行政と住民との間の風通しを良くすると考えられた、人為的な地域コミュニティの設計思想が今日限界を迎え、不具合が生じることはやむを得ない。
この間、住区住民会議は、時代の変化に対応しながら、与えられた役目を良く果たしてきたというべきである。様々に出てくる社会の課題に対して、時代の変化の要請に応えるために、施設や組織、構成メンバーを抜本的に見直しした場合、これまでの運営方法が変化し、地域で果たしてきた様々な取り組みの継続が難しくなる可能性が高い。それは、地元にとって大きな損失である。
例えば鷹番住区の総会の議事において、区からの助成があったにもかかわらず、避難所運営に対して一切の記載も説明もなかったことは、住区住民会議がこの件で旗を振ることに対するギブアップ宣言であった、即ち新たな時代の要請に対して柔軟に対応できない体質であったと見なすべきなのだ。
そのような組織に対して、新たな役割を要求するよりも、今までと同様の役割を果たしてもらう方が、地元にとって賢明な選択である。但し、住民会議の原点に立ち戻り、定期的に地域懇談会を開く、或いは地区のまちづくりに関して住民協議会を立ち上げて、住民の様々な意見を取り上げ、議論を深めていくこと、そのような取り組みはそれほどの軌道修正を要さず、住民に対して開かれた、新たな試みを提示する。
住区住民会議の主導性にこれ以上の期待を寄せるのではなく、町会・自治会が不備な点を補い、また日常生活の中心として欠かせない商店会と連携し、住民会議の会長以下の要職を占めている町会・自治会長が、自らの名で住区住民会議としての方針を立て、新たな課題に取り組めばよい。例えば、避難所運営協議会を住区住民会議が担えないのであれば、区が提供している避難所運営マニュアルを読み変え、関係町会・自治会・商店会が相互協力をして、鷹番小学校と碑文谷体育館の二つの避難所の運営を自主的に行うといった対応が望まれる。

3)住民参加のもとでのまちづくりが可能なのは地域コミュニティである
長年をかけて、区と調整しつつ仕組みを構築してきた住民会議と異なり、殆どすべての活動を自己決定できる町会は柔軟性がある。例えば鷹番町会では、住区のイベントへの参加、夏休みのラジオ体操とスイカ割り、八幡神社の秋の祭礼、年に二回の旅行会、夜回りなど、他町会と同じスケジュールをこなす一方で、町会独自の取り組みとして、月一回の町内の美化、ほっとサロン、講演会を開いているし、定期的に町会だよりを発行している。地元の事業所などと連携して、東口商店街で納涼祭にも参加し、区の防災課に依頼して防災の講座も開いている。今日の課題である高齢者の見守りは民生委員が包括支援センターとタイアップして対応しているし、グループ老人ホームとの交流もしている。そのほか、鷹番住区内で不足がちに見える子育て向けの企画を、碑文谷体育館やこども動物広場と連携してできるだろうし、保育園や福祉施設の整備や運営への対応も可能である。
このような輻輳した、住民参加を促す地元の活動が、今後望まれていく姿なのだろうと考える。その場合重要なのは、区の関連情報の開示と決定過程の地元組織との共有、そして住民参加による計画づくりなど、対等な立場を崩さずに進める協働である。開かれた行政と住民参加によるまちづくりが、地域コミュニティにおける古くて新しい形である。その時、NPOは自分の場を地域に見出すだろう。
ここまでくれば、これからの、町会・自治会、住区住民会議、商店会など地域コミュニティが担うべき課題、行政がすべき支援はおのずと明らかになろう。
それは、恐らく、少子高齢社会が更に進行し、人々の居場所が狭まり、隠れた貧困問題が蔓延し、財政難から訪れるだろう社会的福祉の不備が増大する、人口減少という難しい時代を生き延びていくために、各種NPOと連携し、様々なまちづくりを通した地域社会の維持に係る課題への対応である。

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