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「コミュニティの今後について」11 [コミュニティノート]

補足:町会と住民自治について
この春の町会の総会に向けて、事前に町会員から住区住民会議と町会について次のような質問があった。町会が担う住民自治の観点から、住区住民会議と町会の違いなどについて、私なりに回答をしたものを以下に示す。

●町会員からの質問
町会費をベースにするのではなく、区から補助などにより、できる範囲でコミュニティ活動をする。住区住民会議と町会が併存する必要はないのではないか。

◆→以下が私の回答
→憲法92条以降に定められている我々の地域生活に直結する地方自治は、団体自治と住民自治によって構成される。団体自治である行政による事務は、法律上決められているが、活動内容について法律上の定めがあるわけではない住民自治は、団体自治である市町村行政への住民参加、選挙、行政と住民とをつなぐ町会活動などを通じて実現されているとされる。ここで、住民自治の一部を担う町会活動は、地域のコミュニティ機能を強め、具体的なセイフティネット(生活の安全網)を作り出すことであると考える。
※阪神大震災後、コミュニティの多様化が進んだ時代において、社会のセイフティネットを考える上で、NPOが不可欠であるという社会認識は強まり、4年後の1998年に制度化するに至ったが、身近な地縁型の住民自治組織としては、町会を念頭に置いて良いと考える。

→そのため町会は、地方自治における下部組織ではなく、団体自治である区と対等な位置づけのもとで、地域社会において活動する住民自治の団体として、自立する存在であり、自前の資金を確保し、独自の活動を展開していく必要がある。
この行政から自立した存在であることが重要なのは、戦前の町内会(国の肝いりで作られた隣組を下部組織に持つ)のように行政の下部機関になり、住民の相互監視などを通じて体制翼賛の担い手になることを避けるためである。

→鷹番住区住民会議は会費をとっておらず(会員制度となっておらず)、様々な組織が施設を利用している住区センターの施設管理者であり、区の助成と関係町会による諸出資、独自の事業により運営されており、自治組織である町会とは別の目的の、行政と住民とを繋ぐ組織である。関係町会との連携は上手くいっており、単に団体自治の代行者でなく、住民自治の一部を担っている。

→なお、町会が行政の補助によって運営されることになった場合、行政は宗教行事を認めないから、結果として祭礼をやめることになる。これは、町会として認められない点である。

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「コミュニティの今後について」10 [コミュニティノート]

終わりに
  個人的にであるが「碑文谷公園くらぶニュース」、及び「鷹番町会だより」の2つの季刊のコミュニティ情報紙を編集、発行している。
前者は碑文谷公園の拡張に際して協働をうたって、公園の活動団体をつくった21世紀初頭から17年間、最新号が75号であり、カラープリンターの印刷に要するインク代を公園活動団体への助成としていただいている。
後者は町会に携わった後、町会の宣伝も必要だし、町会員との繋がりが何か足りないなと感じてから3年間、最新号が14号であり、印刷は町会費を当てている。
奇しくも二紙とも鷹番住区住民会議のHPに掲載されているが、発行責任者である会長は女性であり、そこに、オープンなコミュニティの鍵があるのかも知れない。

碑文谷公園くらぶニュースhttp://takaban-juku.net/koen
:対象は会員、体育館、公園内掲示板、鷹番住区センター、公園課などに掲示・配布
:季刊で1月、4月、7月、10月に発行
:碑文谷公園の四季・事件の情報、碑文谷公園くらぶが自主的に携わっている花の公園の管理、繰り広げられる様々なイベント(住区住民会議による火まつり大会、碑文谷公園くらぶ主催の安心・安全・福祉をうたう桜フェスティバル、スポルテ目黒主催の館まつり:フレンドパーク、こども動物広場主催のポニー祭り、住区住民会議・地元町会等による盆踊り、目黒区体育協会によるスポーツ祭りなど)の紹介など、地域の緑の中心である碑文谷公園に関する情報誌。

鷹番町会だよりhttp://takaban-juku.net/chokai-jichikai/takaban12/chokai-dayori.
:対象は町会員、回覧、掲示、鷹番住区センター、警察、消防、小学校、中央地区サービスセンター、包括センターなど
:季刊で年度末の3月、総会後の6月、八幡祭礼9月、年末12月に発行
:各号ともテーマを決め、行政、教育、町会関係者など、できるだけ多くの方に書いてもらうことにより、町会活動にとどまらず、地元の様々な動きを紹介する。また、各号で報告と予定を掲載することにより、町会員の関心を高めてもらう。

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「コミュニティの今後について」9 [コミュニティノート]

9.今後の地域コミュニティのあり方
1)時代に応じたコミュニティの議論の必要性
住区住民会議は、与えられた役割を十分に果たしているが、残念ながら時代遅れとなっている側面があり、新たな社会的課題に対して機能していない現実を見つめる必要がある。仮に現在の状態を問題であるとするのであれば、区は、現状の問題点を明確にした上で、既存の地域コミュニティに着地する議論の設定ではなく、あるべきコミュニティの議論を通して、コミュニティ施策全般の見直しを図るべきであった。
これが、当該素案に目を通した私の結論である。即ち、パットナムの問題提起にあるように、今日のコミュニティが置かれている状況は、地域コミュニティを議論して済む時代のものではなくなっており、その認識に立つ限り、区の問題設定では、適切な答えを得ることはできないだろうということである。
なお、この素案の問い掛けに対して、私なりの考えを以下簡単に記しておく。

2)住区住民会議、町会・自治会・商店会の今日的な役割分担のイメージ
住区住民会議の制度が発足して、約40年の時間が経つ。制度ができた時代と今日とを比べれば、社会は大きく変化し、人口減少時代に突入している。当時、参加型社会を前に、行政と住民との間の風通しを良くすると考えられた、人為的な地域コミュニティの設計思想が今日限界を迎え、不具合が生じることはやむを得ない。
この間、住区住民会議は、時代の変化に対応しながら、与えられた役目を良く果たしてきたというべきである。様々に出てくる社会の課題に対して、時代の変化の要請に応えるために、施設や組織、構成メンバーを抜本的に見直しした場合、これまでの運営方法が変化し、地域で果たしてきた様々な取り組みの継続が難しくなる可能性が高い。それは、地元にとって大きな損失である。
例えば鷹番住区の総会の議事において、区からの助成があったにもかかわらず、避難所運営に対して一切の記載も説明もなかったことは、住区住民会議がこの件で旗を振ることに対するギブアップ宣言であった、即ち新たな時代の要請に対して柔軟に対応できない体質であったと見なすべきなのだ。
そのような組織に対して、新たな役割を要求するよりも、今までと同様の役割を果たしてもらう方が、地元にとって賢明な選択である。但し、住民会議の原点に立ち戻り、定期的に地域懇談会を開く、或いは地区のまちづくりに関して住民協議会を立ち上げて、住民の様々な意見を取り上げ、議論を深めていくこと、そのような取り組みはそれほどの軌道修正を要さず、住民に対して開かれた、新たな試みを提示する。
住区住民会議の主導性にこれ以上の期待を寄せるのではなく、町会・自治会が不備な点を補い、また日常生活の中心として欠かせない商店会と連携し、住民会議の会長以下の要職を占めている町会・自治会長が、自らの名で住区住民会議としての方針を立て、新たな課題に取り組めばよい。例えば、避難所運営協議会を住区住民会議が担えないのであれば、区が提供している避難所運営マニュアルを読み変え、関係町会・自治会・商店会が相互協力をして、鷹番小学校と碑文谷体育館の二つの避難所の運営を自主的に行うといった対応が望まれる。

3)住民参加のもとでのまちづくりが可能なのは地域コミュニティである
長年をかけて、区と調整しつつ仕組みを構築してきた住民会議と異なり、殆どすべての活動を自己決定できる町会は柔軟性がある。例えば鷹番町会では、住区のイベントへの参加、夏休みのラジオ体操とスイカ割り、八幡神社の秋の祭礼、年に二回の旅行会、夜回りなど、他町会と同じスケジュールをこなす一方で、町会独自の取り組みとして、月一回の町内の美化、ほっとサロン、講演会を開いているし、定期的に町会だよりを発行している。地元の事業所などと連携して、東口商店街で納涼祭にも参加し、区の防災課に依頼して防災の講座も開いている。今日の課題である高齢者の見守りは民生委員が包括支援センターとタイアップして対応しているし、グループ老人ホームとの交流もしている。そのほか、鷹番住区内で不足がちに見える子育て向けの企画を、碑文谷体育館やこども動物広場と連携してできるだろうし、保育園や福祉施設の整備や運営への対応も可能である。
このような輻輳した、住民参加を促す地元の活動が、今後望まれていく姿なのだろうと考える。その場合重要なのは、区の関連情報の開示と決定過程の地元組織との共有、そして住民参加による計画づくりなど、対等な立場を崩さずに進める協働である。開かれた行政と住民参加によるまちづくりが、地域コミュニティにおける古くて新しい形である。その時、NPOは自分の場を地域に見出すだろう。
ここまでくれば、これからの、町会・自治会、住区住民会議、商店会など地域コミュニティが担うべき課題、行政がすべき支援はおのずと明らかになろう。
それは、恐らく、少子高齢社会が更に進行し、人々の居場所が狭まり、隠れた貧困問題が蔓延し、財政難から訪れるだろう社会的福祉の不備が増大する、人口減少という難しい時代を生き延びていくために、各種NPOと連携し、様々なまちづくりを通した地域社会の維持に係る課題への対応である。

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「コミュニティの今後について」8 [コミュニティノート]

8.「コミュニティの今後のあり方」が問われないまま、施策を論じることに問題はなかったか
1)問題設定への疑問
意見を整理しているうちに、そもそも問題設定が違っていたのではないかということに気がついた。次に指摘する二重の齟齬である。
一つは「コミュニティの今後のあり方」が議論された上で、今後に向けての施策の議論がなされなくてはならないのに、その基本的な議論がなされないまま、また区が打開策を求めたコミュニティに係る問題の共有がなされないまま、「コミュニティ施策の今後の進め方」に対する回答が求められた点である。二つ目はコミュニティと言いながら、そこで対象とされているのは「地域の」コミュニティのことであった。
コミュニティとは何かという問いは、未だにこれだという確定した答えを得ていない。地域住民にその根拠をもつ、日本の代表的な地縁型コミュニティ組織である町会・自治会の位置づけも役割も、目黒区が恐らく地域に至る風通しを良くするために、人為的なコミュニティ組織として制度化した住区住民会議の意味も、恐らく時代、社会、地域において変化する。
現在は住区住民会議という制度を目黒区は持っているが、仮に今他の区市町村と同様に町会・自治会しかないとしたら、住区住民会議という区と町会・自治会の中間にある仕組みを作ることを選択するだろうか。その時必要なコミュニティ(組織)の仕組みはどのようなものだろうか。それは地域に根差す形だろうか、それとも繋がりに根差す形なき関係だろうか。そのような問いも、重要であったと思う。

2)時代によるコミュニティの変化
現代において無視できない社会学者、パットナムが「孤独なボウリング-米国コミュニティの崩壊と再生」を書き下ろした2006年、そして「われらの子ども-米国における機会格差の拡大」を上梓したのが昨年だった。強者に富が集中し、敗者をもう一つの分断された、日の当らない社会に追いやった新自由主義の影響が隅々にまで浸透した、たった10年の間で、社会は後戻りができないほどに変わり、セイフティネットの一つであるべきコミュニティは劣化した姿を露わにした。アメリカと日本は違うが、過去、アメリカの姿は日本の次の時代の姿だった。私は、この間の日本の実態を認識する際、彼の名著を通して時代の課題を読みとる方法を採用する。
世代の交代によるコミュニティの変化というゆっくりとした社会の様相の変化を見てとった時代は終わり、少子化、貧困、格差、社会の分断といった現在進行中の課題に対応するセイフティネットの議論が、コミュニティの議論の中に緊急で重要な課題として位置づけられなければならないのだ。
3)地域コミュニティと住民
町会員にならない新住民の増加、賃貸マンションの住民、特に地域に無関心に見えるワンルームマンションの住民をどう受け止めるか。また一棟で30以上もの世帯が居住する大型のマンションは、それ自体で町会の一つの班に匹敵するほどであり、一つのコミュニティである。そのような認識は持ちえても、一団の繋がりとしてのコミュニティを作らない、個人の自由を選ぶ人たちの増加にどう対応できるか。
私も、自宅を事務所にする前、町会活動は勿論、八幡社の祭りに興味がなかったし、近隣との付き合いもおよそ縁が遠かった。アパート住まいのときも、マンション住まいのときも、地元とは遠かった。だから、地域コミュニティの必要性をいくら発しても声は届かないのだろうと思う。
また住民は、夜間の居住者に限らない。昼間、地域の事業所や商店で働く通いの人たちを、コミュニティの一員として対象にしてきただろうか。
更には外国籍の区民(人口の3%、8300人、世帯の3%、4700世帯)をどうコミュニティの一員として迎え入れ、日常的に付き合うかも、課題である。現在町会・自治会、住区住民会議が、避難所運営協議会などが、どのように彼らを、町の一員として受け止めているかの事例があれば、知りたい。
昼間、碑文谷公園に行くと、保育園に行けなかったろう孤立した母子の姿に出会う。その親子を受け入れる施設もさることながら、地元での人の繋がりが欲しいと感じる。高齢社会において重要な課題は、地域の人達による子育てへの参加である。既にいくつもの子育てのネットワークがあるが、それは子育て中の人達が作り出したものである。それに加えて、町の中で子育て中の親を巻き込み、彼らが安心できる、読み聞かせなどのお節介な場ができないか。それもコミュニティの課題であると思う。

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「コミュニティの今後について」7 [コミュニティノート]

7.ネット社会におけるコミュニティの意味にも目を向けるべきである
1)ネット社会におけるコミュニティ
IT社会の進展に対する考慮なくして、これからのコミュニティの議論はないだろう。旧来型の地域社会に根差した関係ではない、ITに支えられるネット社会におけるコミュニティ(インターネット・コミュニティ)の意味についての議論がどのようになされたのだろうか。携帯は通話・メール機能の個人所有化だったが、スマホはパソコン機能の個人所有化を可能にした。今後、先駆的に千葉市で行っているビッグデータ・オープンデータによる情報の共有は、社会・地方行政に劇的な変化をもたらす可能性がある。情報の伝達の仕方だけでなく、人と人との繋がり方が変化するのだ。
阪神淡路大震災の後、初歩的なメールを媒介としたネット型の情報伝達方法が開発され、大学、ボランティア(その後NPO)がその手段を有効に使い、それから15年経ち、ケイタイ文化が定着し、IT技術が更に進展し、SNSが浸透した東日本大震災では、ネットによる伝達が必要な支援(不足物資の情報、物資の受け入れ、ボランティアの配置等)を支えたと聞く。
若い人たちの社会活動への参加を想定するなら、SNSによる、希薄だが、広範囲な繋がりを無視できない。それもまた、今日的なコミュニティを構成する一部であり、その視点抜きにNPOは語られまい。
残念ながら、今回のコミュニティ施策の議論において、そのような今日的な、薄く、多様な形態、繋がりをもつコミュニティではなく、濃密だが、限定的な範囲の旧来型の「地域のコミュニティ」が対象となっているように見受けられた。

2)町会・自治会の若返りの方法、IT・AI技術の活用
碑文谷六丁目自治会では役員の更新の際、メールのやり取りができる人材を条件にしたと聞く。わが鷹番町会で残念なのは、役員会や町会活動の連絡などをメールで代替えできる仕組みを作っていないことである。そのため、役員会に出ることが難しい勤め人が町会活動からはじかれてしまう。
個人的に危機感をもって自分の町会を見ているのは、現在の町会役員組織は限界状態(65歳以上の高齢者の割合が50%以上)に至っており、組織の更新力、持続性をもちえていないという点である。
組織の若返りと言うのは簡単であるが、どのような方法が実際にあるか。以前そのことに対して、「青年部長を辞めたとき、しかるべき役員のポストを用意し、その座に据える」という方法をアドバイスされたことがある。それも一考である。PTAの役員経験者に対して、町会の外部でもよいが、町会活動に参加できるような仕組みを作ることがあってもよい。
高齢社会にあって、若人を町会に組み込み、新たな発想を組織に持ち込み、持続性をもたせるという課題は重要であり、そのことに対処する第一歩は、町会・自治会でインターネット環境を整えるということだと思う。 
AI(人工知能)時代を先取りしているスマホ世代、FBやツイッター、ラインの世代を主役にしていくには、彼らに今後のコミュニティのあり方を問い、仕組み作りを任せていくことが重要である。彼らが不在な議論は、彼らにそっぽを向かれるだけであろう。それは、地域コミュニティの持続に対して、空白な時間を作り出す。それを避けるために、できれば地域情報やイベント情報を提供し、双方向の情報共有をするFBなどを若い人に作ってもらう必要があろう。碑文谷公園くらぶでは、若い会員が苦も無くFBを作り、私は必要情報を提供している。

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「コミュニティの今後について」6 [コミュニティノート]

6、まちづくりの広範なイメージを再度認識し、行政内部の守備範囲の境をなくし、行政と住民との橋渡しをする
1)まちづくりセンターの解体
都市計画課が担当していた目黒区住宅・街づくりセンターが、行革の名のもとで解体され、その後、エコライフ推進協会に吸収され、ほそぼそと活動していたまちづくりグループが一昨年最終的に整理された。その結果、行政の支援のもとで、区民により運営されているまちづくりセンターは、練馬区だけとなった。まちづくりセンターによる展開の可能性に終止符を打ったこと、その結果優れたタウン情報誌「たけのこタウン」が廃刊となり、区民有志の企画による「まちづくり講座」が終了した。そのことの意味を理解している議員、行政マンがどれほどいるのだろう。
もう一度思い出してみよう。「まちづくり」は協働のスタンスから参加を通して考えられる概念だが、箱モノを対象にする「街づくり」は行政のテリトリーの中で論じられる。そのため街づくりは縦割りの狭い領域の中の議論に終始する。それに対して住民が求めるのは、行政の中の課の境のないまちづくりであり、身近なコミュニティの話である。公共的な支援があるとしたら、そこにこそ焦点を充てるべきだ。

2)学芸大学駅周辺街づくりの事例が意味するもの
そのことを学大駅周辺街づくりの懇談会で痛感する。
当該街づくりの計画は、他の駅周辺整備と異なり、幹線道路に囲まれた居住環境地域を計画範囲とし、学芸大学駅、碑文谷公園、旧六中跡地(すまいるプラザ)の3つの拠点を有し、総合的なまちづくりを構想しているが、時を経るにつれ、当初の計画の理念が薄れていく。
そこでは、東西の商店街の取り組み、バリアフリー事業に根拠をもつ各年度の舗装計画は取り上げられるものの、その年次の予算を超える議論や、都市計画課の権限外の課題(福祉作業所を始め、現在事業中の保育園や特養老人ホームが集合し、福祉の拠点であるスマイルプラザのこと、碑文谷公園の保育園の計画のこと、緑の散歩道のこと、近未来において地域に大きな影響を与える都道26号線の計画【例えば横断構成、通過交通の誘導、交差点処理、スマイルプラザと接する部分の道路計画など】に対することなど)は、その他として取り扱われる。対象地区のまちづくりの課題として個人的に意見を発しても、都市計画課マターの街づくりではないという扱いになるのは協働の意味を理解していないために生じる。
この「コミュニティ施策の今後の進め方」の議論を見てもでもそうだが、残念ながら住民は区が設定した枠を超えて発想することは殆どない。まして区が議論の範囲を示したら、それに従う。そのような状況を考えたとき、区民を交えた議論とはどうあるべきか、再考すべきなのだと思う。

3)近隣で生じる問題への対応
近隣で生じる問題、マンションや大規模事業所の計画、騒音などに関する近隣紛争であり、最近の例では近隣の同意を必要とする老人ホームや保育園などの公的施設計画にどう対応するかは、地域コミュニティにとって重要なまちづくりの課題であるが、町会・自治会、住区住民会議にまちづくりの部はない。
近隣紛争は、法的な定めがある場合は、行政指導のもとで対処されてきたが、問題を未然に防止するに際し、町会・自治会などの対応が有効なケースもある。
緑が丘で、ヤマダ電機の出店計画に対して町会が対応し、敷地内に道路を設置させて、周辺道路で生じる恐れがあった車の集中の影響を減らしたと聞く。
最近の例で碑文谷6丁目自治会では民泊問題に対して適切な対応を施したと聞く。
さて周辺住民の反対によって暗礁に乗り上げている碑文谷公園内の保育園計画(区は公園の将来像を描かず、保育園計画を地元に持ち込み反発を受けた)、及び鷹番住区センターの西にある国有地(一時特養老人ホームの計画があった更地だが近隣住民の反対により計画は白紙)の活用において、町会・自治会、住区住民会議の役割を付言しておく。
両者とも、区が行政内で作った計画に対して地元が反対した例であるが、その対立の構図を話し合いの構図に変えるには、区の意向と地元住民の要望双方を掬い取り、調整する第三者の存在が必要だった。その第三者の立場に、町会・自治会、或いは住区住民会議が立てないかがここでの検討課題である。個々の問題は町会・自治会単位で生じるが、住区全体でまちづくりとして受け止める体制をとれれば、様々なケースに対応が可能になる。この第三者的立場の提案は、両例のようにこじれた場合だけではなく、公共的施設を地元で受け止める体制を作り出しておくことの重要性からも帰結される。
近隣で生じる問題に対する対応、公共の施設の設置にあって、地域コミュニティが何らかの関与をするというまちづくりの取り組みの基本ルールが、必要ではないかということである。

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「コミュニティの今後について」5 [コミュニティノート]

5.協働に対する認識の貧困さ
1)協働フォーラムが提案した協働事業を振り返る
平成16年に、協働フォーラムから区に提案があり、事業化に移されたものの、実際の協働事業の展開は、区の一事業に閉じ込められ、平成28年度では「区政情報提供のノーマライゼーション事業」にとどまり、評価に値するとは思えない。
立場の異なった人・組織が相互の理解・尊重の上で協力し合い、課題を解決していく協働事業が、ほとんど冬眠状態にあることの原因は何か。協働フォーラムを担ったメンバーが、実際の事業展開の主体から外れ、実際は行政主導型の協働事業にとどめられたことが大きいと記憶する。今でも、区が事業テーマを取り上げて粛々と進めているようだが、企画そのものが区民との協働で議論された上で決定されているようには思えない。4とも関係するが、新たな公共の育成・展開、公・共・私の連携が取り上げられていた時代を忘れたのだろう。
協働事業の主な目的は、行政の視野から漏れる課題を民間が取り上げ、それを行政が支援することでより広範な公共の福祉を展開することであり、その目的を遂行する協働の場において、区民と区は対等であることに立ち戻ることが必要だろう。協働のためには、区民と行政の間の信頼関係が条件であり、区民から提案された課題に対する協議の場が確保され、縦割りの閉鎖的な行政ではなく、区民に対して開かれた、課題に応じて横断できる行政が必要である。

2)協働の場としての説明会の位置
また近年の傾向であるが、プライバシーの保護が何よりも優先した課題となり、区民は名無しの権兵衛の位置づけになってしまった。協働事業にあっては、一人ひとりの固有の名をもった区民がターゲットのはずである。碑文谷公園の事務所の解体、保育園計画の地元説明会が失敗したのは、行政の課題を公共の福祉と見誤り、必要性の論理を区が住民に押し付けたためであり、影響を被る関係住民と共に語り、住民の意向を確かめたうえで適切な方向を定め、地域の住民を巻き込み、計画を作っていくという協働の姿勢の欠如のためである。
また、説明会において、意思をもって出席した区民に対して、名前の欄のない出席簿に町名のみで名前を書かなくてよいことをことさらに強調し、発言者に対して住所だけを問う姿勢は、上から目線の場の設定であり、区民を無責任な存在に貶めるものだということに気づいていない。区民参加を標榜する説明会は優れて行政と区民との協働の場であり、その中の議論を真摯に受け止め、区民の声を反映していくことが協働の成果であると認識し直してみたらどうだろう。そうすれば、区民との協働という言葉が、区民参加の意味と同時に、行政内部においても息を吹き返すと思う。
追記すれば、上で触れた碑文谷公園の保育園計画の説明会は、隣接する住民の猛反発を受け、意見交換会という名で招集された。しかし、以前、環七の沿道整備計画などで住民協議会を経験した行政マンは既にリタイアし、その経験は行政内部で引き継がれず、意見交換会の中身は担当課による説明会と同じであった。その包容力のなさ、私には、住民参加から遠い、独りよがりの劣化した姿に見えた。

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「コミュニティの今後について」4 [コミュニティノート]

4.公共の担い手であるNPOの具体的な位置づけの欠如
1)コミュニティの多層性、ネットワーク型コミュニティを作り出すNPOへの視点
個々人が属している様々なコミュニティのうち、町会・自治会、住区住民会議といった地域の団体を母体にした繋がり=地域コミュニティに焦点を当てたのが、この「コミュニティ施策」に関する報告での立脚点だった。
しかし、人は地域の中で生活するだけでなく、様々な繋がりを通して豊かな生活を送る。地縁にとらわれず、その一定の集団的な集まり、会社縁であっても、友縁であっても、結社であっても、同好会であっても、その他様々な社会的な任意集団であってもよいが、その繋がりをコミュニティと呼んでみよう。そのように考えれば、個々人はその属している集団=コミュニティを通して、社会に複合的に現れてくる。
そのような認識のもとで、「コミュニティ施策」に関する報告に通じる、コミュニティによる社会への関与という観点から、ネットワーク型のコミュニティを形成する、或いは活動を支援するNPOの存在に注目すること、これが重要であると考えている。NPOはそれ自体がコミュニティであり、地域コミュニティに準ずる存在ではなく、ミッションをもった自立した活動団体である。地域コミュニティに焦点を当てる際に注意を要するのは、同時に様々なコミュニティがあり、その存在は決して地域コミュニティに対して副次的なものではなく、区民・住民の社会活動に膨らみをもたせ、個人の生活を豊かにしているという点である。
人口が減少する少子高齢社会、即ち経済が縮減していくことを余儀なくされる社会にあって、財政悪化から公助は息切れを起こす。自助が難しい高齢者・弱者に対して手を差し伸べる社会的な仕組みとして、福祉系のNPOにもっと注目してよい。そこが、コミュニティの施策の議論の中心となるべきではなかろうかと考える。

2)NPOの具体的な位置づけ
コミュニティ施策において、NPOのメンバーが議論の中に参加していないことについてその意図を問いたい。
それこそが、コミュニティを薄く、地域に関係づけたあり方に限定した結果であり、コミュニティについての認識の浅さを物語っていると考える。
特定非営利団体であるNPOは、法制度化されて既に20年近く経つ。阪神淡路大震災でボランティア活動が一定の力をもつことが示されて以降の、社会的ミッションを掲げた活動組織の公式な認定、新たな社会に見合う仕組みの必要性から、NPOが作り出された。一時、民主党政権下で、新たな公共という切り口で政策的な議論がなされたことがあるが、協働を取り上げる場合、公共の担い手であるNPOの存在は欠かせない。
大は、町会で募金をしている日本赤十字も社会福祉協議会もNPOであるし、目黒区体育協会、目黒観光まちづくり協会、目黒区シルバー人材センターなど、行政の厚い支援を得て活動している民間団体であるが、公共の外側にあるわけではない。
地域を例にとれば、例えば碑文谷公園では碑文谷体育館の指定管理者のスポルテ目黒、動物広場の指定管理者のハーモニーセンターもNPOであり、休日に公園施設の責任者がいることは心強い。NPO法人に限定しない、大きな非営利の団体の括りでいえば、住民のボランティア組織である碑文谷公園くらぶも入る。
子ども食堂も子ども劇場もめぐろ子育て連絡会など、子育ての最中に必要とされた活動やネットワークもNPOのくくりの中に位置づけられる。また、子育ての繋がりに限らず、高齢者や障害者など社会的弱者の繋がり及びそのための福祉も、身近な環境活動も社会を豊かにするネット型コミュニティ活動である。
区立公園の活動登録団体も多く、花壇の管理や美化活動などは公園の維持にとって欠かせないし、社会福祉協議会に登録しているボランティア団体も多い。
また、PTAや親父の会なども、それぞれのコミュニティを形作っている。
それらの、地域コミュニティには属さない、多様なコミュニティの存在と相応するNPOの活動の展開は、社会を豊かにし、持続性をもたらすものと考える。そのような活動を提供しているボランタリーな組織に属し、現に地域や社会的な繋がりの中で活躍しているNPOのメンバーの具体的な意見が反映されていない議論は、コミュニティの捉え方として薄っぺらなものになるのではないかと考える。
また、「施策の進め方」に登場するNPOは、「地域の」という限定の上で表現されているが、特定の地域での展開に限らず、様々な交流の場で展開する活動も、コミュニティの多様な展開といった観点から掬い取ってほしい。

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「コミュニティの今後について」3 [コミュニティノート]

3.商店会の地域コミュニティとしての位置づけの希薄さ
1)商店会をどう見るか
商店会連合会の関係者がメンバーの中に入っているのに、コミュニティ組織としての商店会の位置づけがなされていないように見受けられるのは残念である。
区内で最も力のある個店が集合する商店街であり、世田谷区と接しているのに、そのことを逆手にとり、区境を緑道とし、町全体を一体的に機能させ、魅力ある店舗が楽しみを与え、街並みを作り出しているのが自由が丘である。自ら町会の一員として機能し、見事に同じ住区の町会と連携し、地域社会に活性をもたらし、特区制度を活用して、路上を歩行者に開放し、まちの活性化を試み、住民の交流の場にするなど、まちづくりにコミットしている自由が丘の商店会の活躍ぶりが何かと聞こえてくる。
その他でも、中目黒など、鉄道駅などを中心としたエリアで、商店会と区の協働による、様々な、地域のまちづくりの取り組みがなされているものと考える。
我が地元では学大駅を中心に商店街ルールがあるのだが、そのルールを住民に訴えかけておらず、放置自転車や路上展示物は道を狭くしている。喫煙所整備やトイレの改修もまちづくりの切っ掛けにならなかった。また、存在する6つの商店会がそれぞれにイベントをするなど、商店街の求心力を感じられない。それは、時代の流れから、チェーン店が幅を利かせ、旧商店主の多くがビルのオーナーになり、商店を営みながらまちづくりに取り組むといった姿勢が今一つ弱いためかも知れない。
近年その利便性ゆえに、流行りの飲食店ができ、若人が集まり、特に夜は歩行者の年齢層が異なるようになる。新旧の交錯は、住宅地のコミュニティの弱体化だけで生じる問題でなく、商店街にあっては地域の雰囲気を変化させる。近年の変わりように、以前からの住民は戸惑いを覚える。

2)地域のコミュニティの一員としての商店会の回復
このような具体的な商店街の今日の状況は、地域のコミュニティの変化をみる上でも重要である。個店の減少に比例して、商店街と住民の一体感はますます希薄になっていく。地域のコミュニティの一員としての回復の方法を問うのは、商店会の側だけではなく、地元の住民との協議の中からではないかと思う。例えば、学大東口商店街の児童遊園と隣接の事務所ビルを利用して、商店会、地元企業・商店、町会、区の防災課の協働で取り組まれる納涼祭、その動きは注目してよい。
人口減少下にあって、かつてあった御用聞きの応用なども想定しつつ、日々の生活の糧の提供や弱者の安心情報のキャッチ=住民との日々の交流を通して地域のコミュニティのベースを支える一組織、大災害時に他地域との独自の繋がりのもとで連携でき、結束して対応できる組織としての商店会が、地域コミュニティの議論の俎上に上がっていなかったのは、せっかくの機会であったの惜しい。
幸いなことに、現在のところ、目黒区ではシャッター通り商店街の話は聞かない。しかし、大規模災害時における商店会の位置づけ、及びそれほど遠くない時期に東京23区すらも、持続力を失う限界都市の状況を迎えるという、現在進行形にある超高齢社会を考える際、商店会は多くの難問を抱えている。地域コミュニティの維持にとっての地元に密着した、地元と共にある、それ自体がコミュニティ組織である商店街の活動は、広がりのある地域コミュニティを論じる際、避けて通れない重要な課題である。

「コミュニティの今後について」2 [コミュニティノート]

2.住区住民会議、町会・自治会に対する評価の欠如
1)住区住民会議をひも解く必要性
1で触れたのは、私に見えている、住区住民会議という存在、町会・自治会との関係の曖昧さからくる現状の姿である。
住区住民会議は、設立当時の都市社会学の地域コミュニティの仮説※1を適用して制度化されたと記憶する。当初、地元の組織化と住区センターの建設は一体的に進められたはずだが、その成立の背景、更に区有施設である住区センターの指定管理者※2という立場、更に区からの活動助成が、住区住民会議の成立上欠かせない条件であり、性質や活動を拘束する条件でもあった。
その成立から言って、旧来から続く地元町会の区切りを背景に持つ住民組織である町会・自治会と異なり、住区住民会議は、おおむね学校区という一つの行政界を範囲とした、区に拠って立つコミュニティ組織であると言える。
※1(倉沢進、磯村英一などの都立大の都市社会学者による提言と実践、昭和40年代後半、戦後の高度成長期の社会の変化に対して、町会は、硬直化し、旧地主などの地域ボスによる支配などの弊害が見られるようになり、それとは異なる、行政と協調できる地域のリーダー、コミュニティ組織の必要性が議論され、住区住民会議が提案されたと記憶する)
※2(当時目黒区のほかに中野区が同じような仕組みを採用したが、中野区は地域の住民のための施設である住区センター方式に位置づけを切り替え、住民によるコミュニティ形成の議論から離れた)

2)住区住民会議、及び町会・自治会との関係の検証の必要
さて、この「コミュニティ施策に関する中間報告」を読んで感じたことの一つに、住区住民会議、町会・自治会、それぞれ40~60年以上もの歴史があるのに、きちんとした第三者的な評価がなされていないのではないかということがあった。
ここで議論を要するのは、住区住民会議は自立した組織ではなく、例えば鷹番住区であれば、町会・自治会長がその運営の責任者であるという構造を有している点である。こういった構造は恐らく各住区の意思決定に任されており、住区ごとに異なっているものと予想される。うまくコミュニティ組織として相互が機能している地区もあれば、新たにできた上意下達的な組織と見なされた住民会議と、旧来の地元組織である町会・自治会とが反目し合っている地区もあろう。
その構造(=住区住民会議は行政に拠って立つ存在であり、町会・自治会の外にあって、鷹番住区では町会・自治会が責任を負う存在であること)は有利に働くこともあれば不利に働くこともある。その一例が1で触れた現実である。
なお地元の例を見れば、住区住民会議が中心的役割を担う各種イベントは、明確な主催者を掲げるのではなく、実行委員会方式という参加者が責任を分担していく方法をとっている。その実行委員会のメンバー決めまで含めて、実質的に取り仕切っているのは、住民会議の事務局であり、住区の活動を決定している常任委員会と同様の構造を有している。その間接的な管理方法によって住民会議の権威づけがなされ、町会長を組織のトップに掲げながら、住民会議が町会・自治会の上に立つ仕組みが作り出され、住民会議の主導のもとで事が運ぶことになる。
40年を超すほどの歴史があるにも拘らず、時代や地域の特性に応じて、成功事例、失敗事例が具体的に検証されていないために、良く言えば理念的、中間報告を読んだ限りの印象としてはうわべの議論に終始している感じがする。何故住区住民会議をことさらに取り上げるかといえば、目黒区独特のコミュニティの制度であり、地域に根差した大切な仕組みだからだ。
住区住民会議と町会・自治会の違いについて、今後の方向性を議論したいのであれば、それぞれの評価に加えて、両者の関係、役割分担について、うまくいっているところとまずいところを具体的な事例を通して評価をし、改善点等を明確にしておく必要がある。そのような情報は、区が持っているはずであり、その点を素通りしたことは、議論の出発点というか、立脚点に疑問をもたざるを得ない。


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