1章都市の風景の現在 [都市]
1.都市の風景の現在
近代の都市が目指したものは、生産の場を都市の拠点として置き、周辺に大量の労働者の住の場を確保することであった。交通網の発達は、企業活動を中心になされた。それは、商業都市でも同様であり、集積こそが都市の命だった。しかし、高度な生産活動が可能になった現在、都市の機能や形態は変化せざるを得なくなっている。
第三次に分類される産業人口が、全労働者の半数を越した。流通・サービス部門は様々な人材が集まる都市特有のものであり、旧来の産業分類は意味をなさなくなっている。我が国の豊かな消費社会の進行により、消費サービスが最も求められる地域が都市となっている。それが脱工業社会において合理的だからだろう。しかし交通のあり方は、IT社会でも同じなのだろうか。
揺りかごから墓場までを理想とした福祉社会では、旧ソ連が目指したように、生産を担う労働者は大都市から離れた工場や農場のそばに住まい、消費者となった年金生活者は、大都市に居住させる政策が最も合理的であった。生産と消費の分業が行き着いた社会は、人の一生の計画と一体的だった。そのような価値判断で、人の幸せを設計することを、我が国でも目指していたのではないのだろうか。それが、今、歪な少子高齢の年齢構成のもとで機能しなくなりつつある。
我が国の、日々の移動のために片道1時間を当然とする大都市とは、一体人々に対してどのような役割を与えてきたのだろう。一極集中は、総和を判断指標とする経済においては合理的であり、大消費地は産業と消費の分離、流通から見て魅力であった。しかしその合理性のもとで、仕事の場と生活の場の分離は、地域からその生活の根を離し去る。そして、大都市は大量消費財の規格品の陳列場になり、一極に集中する莫大なエネルギー消費は、都市をヒートアイランド化した。
マスへの信仰、システムの総合化、一極による統治、巨大化を合理と見做し、人間の一生に対応する体系を追い求めてきたのは、政治も行政もまた同様であった。行き詰まった行財政のスリム化に対応する能力を失いかけている。それは計画化を追求した結果が至った無秩序な総合の様相であり、先ず上意下達の流れそのものを疑うことが必要ではなかろうか。今日公共として何が求められているか、公共を背負うのは誰かについて再吟味し、行政と民間との間の役割を、線引きし直す必要がある。計画信仰の反転した規制緩和は、一つの流れであるが、一つの答えではない。
営々と作り続けられた都市が至った現在は、我が国では不幸なことに、未だに更新の対象になっている。法律や計画にもとづいて作られた都市が、混沌を極めている。今求められている都市像は、もはや外に現れる形ではなく、生活者にまで戻る内なる論理なのではなかろうか。
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The only cure for grief is action.
10年来の親しい友人が、鷹番塾というブログを立ち上げました。 長年、都市計画に携わってきた経験から、興味深い話を展開していただけると期待しています。 また、ほぼ月一度のペースで、同業者の参加による勉強会を開催されており、私も在伊中をのぞいて、お邪魔さ....







生活者に戻って、という議論ですと「パトス」さんの主張と重なる部分があるという理解で、よろしいでしょうか?
by カール (2005-11-19 17:36)
カール様
今日は有難うございました。私にとってやや希薄なそこら辺のところに戻り続けることで、再度、私の都市を修正してみたいと思っています。
by haotakaban (2005-11-19 18:15)
いえ、とんでもございません。かえってご迷惑ならなければと考えております。なかなかスケジュールの調整が難しくなって・・・とのことでしたので、今時の道具としてご紹介させていただいた次第です。
by カール (2005-11-19 19:16)
(すいません、本題のほうのコメントを忘れてしまいました。)
私には、この最後の部分の「内なる論理」のところで、「公共を背負うのは誰か」に戻って考えたらいいのかな~、などと考えた途端、オーバーヒートしております。
by カール (2005-11-19 19:31)