民主主義・参加型社会 25 [参加型社会]
ノート=民主主義の変容、または参加型社会の新たな局面25
(7)まちづくり条例・まちづくりセンター
地方分権下で、法制度を補完し、地方自治体として住民との合意のもとで地域経営をしていく手段として、条例は欠かせない。
2001年に制定された情報共有、知る権利、説明責任、協働、評価、住民投票などを掲げたニセコ町の自治基本条例※は、行政・議会・住民の関係を明確にし、自治のありようを問うた一つの画期であり、今では、多くの市町村で、住民参加による議論のもとで、独自の自治基本条例が制定されるに至っている。
※「その地域における自治の基本原則や、行政の基本ルールなどを定めるもので、「自治体の憲法」ともよばれる。2000年に地方分権一括法が施行され、自治体の位置づけが、それまでの国の下請機関的なものから、国と対等な「地方の政府」へと大きく変わった。つまり地域の将来像をみずから描き、地域の個性化を生かした街づくりを主体的に進めていく権利と責任ができたのである。自治に関する基本的な制度は地方自治法をはじめとする国の法令に定められているが、それらを地域、市民の視点からとらえ直す(自治の再定義)とともに、国の法令に規定されていない自治の原則を新たに提起して自治体系を確立し、条例という形で法的根拠を持たせるねらいがある。01年4月に北海道ニセコ町が施行したのが最初で、その後、策定する自治体が増えている。yahoo辞書より」
法令を補完する条例は、行政の縦割り構造のため、開発、景観、環境などの限定された領域の目的にならざるを得ない。それに対して、今日の自治体のまちづくりは、住民の多様な要求に応え、縦割りに区分された領域を横断する、複雑化した行政課題に答える必要が生じた。
その結果、新たなまちづくり条例の方向として、都市における具体的な課題解決の必要性から出てくる条例自体が多様な内容を包含する複合化の方向が見られ、都市づくりの理念や住民参加によるまちづくりの考え方から来る基本理念をもとに、自治体の中でいくつかの条例が意図的にシステム化されて秩序ある運用がなされている動向が見られるという。
その動向に関しては、「地方分権時代のまちづくり条例/小林重敬編著/学芸出版社」に詳しい。
都市計画関連制度としては、住民参加を規定する地区計画等における意見提出や、都市計画の住民提案では条例を必要とし、最新の景観法ではその適用に際して、条例を義務づけている。
そのうち、都市行政において、都市計画マスタープラン等の実現を目的として、行政と住民、民間事業者の役割を明示し、様々なまちづくり、開発行為に対する枠組と合意形成の流れ等を規定するまちづくり条例は、これからの地方行政と住民の共有物である。
最近の事例では、練馬区で様々な住民参加を想定したまちづくり条例が、都市計画マスタープランの決定後、区民懇談会との議論を経て作られた。
そこでは様々なまちづくりの可能性が模索され、住民による提案の手続きなどをはじめ、行政による都市計画事業への住民参加、住民による施設の管理や、開発行為がまちづくりの一部であることにまで踏み込んでいる。条例も、時代とともに進化する。
その結果を受けて、都市整備公社の中に、この06年4月にまちづくりセンターが設けられた。今後の実績は、住民のまちづくりの意思に委ねられるが、住民の提案に対して、まちづくりセンターが上手く機能し、どの程度行政の柔軟な対応を引き出せるかかも鍵である。
練馬区では、都市計画マスタープラン策定時から、区民やNPOの企画によるまちづくり講座が進められている。また、大都市に残存する農地の活用の面で、農業経営者の企画による農業体験農園の制度が先行しており、地域の特性に合った様々なまちづくりの展開が期待される。
また同時期に、10年以上前にまちづくりセンターを先行し、住民参加の様々な独自の活動を展開してきた世田谷区では、ファンドの見直しを契機に、都市整備公社とトラスト協会が合体して、(財)世田谷トラストまちづくりが誕生した。
これらの動きは、行政が公共の全てを差配しようとすることの限界から生まれた、住民の方向を向いたまちづくりの窓口であり、行政の外部にもう一つの仕組みを設けることが、住民の主体的な公共への参加において必要になりつつあることを物語る。
しかしその一方で、目黒区で現在検討されているように、漢字の街に領域を絞り、住民の参加に対して義務の視点から議論している例も、あいも変わらず見られる。
心ある行政マンは、運用で解釈を広げようとしているのだろうが、外武からその真意は読み取れない。区民を巻き込むことをしなかった付けであるが、一方で、区民主体の協働フォーラムから提案された課題を棚上げしている現状から考えると、止むを得ないとしか言いようがないのかもしれない。
何のための、誰のための条例かが、これからも問われていく。
公=まちづくりは、官(行政)と民(住民等)が、共有する場であると最近考えている。その公の場に、様々な参加が芽生える。
結局は、公を共有する社会が参加型社会であり、自治までもターゲットに入れていくべきではないかというのが、今のところの結論である。
了
民主主義・参加型社会 24 [参加型社会]
ノート=民主主義の変容、または参加型社会の新たな局面24
(6)計画に表現する参加の形
住民が一定程度力を持つ社会参加の方法には、大きく分けて、行政の提案のもとでの懇談会的な参加、行政と住民の協働のもとでの協議会的な参加、自立したNPOによる、或いはコミュニティの自治的な社会参加の三様がありそうである。
パブリックコメントや住民説明会、環境アセスメント等も住民参加の一形態ではあるが、殆どの場合、その評価は行政の手に委ねられており、行政のアリバイ証明の位置付けを越えていない。また行政の主導のもとで、行政が計画を提案し、住民の意見を聞きおく形式的な懇談会も、参加者の議論を余り反映していないのが現状である。
また、裁判を通した社会参加も、局面打開のために大きな意味を持つ方法である。その有効性は、国道43号や国立の景観のように、制度に反映されていく点である。
さて、住民参加の結果をどのように計画に表現するのかという課題を、計画者は持つ。特に住民参加のもとで計画を立案するコンサルタントにとって、この点は重要である。
私の場合は、20年以上前になるが環7沿道整備で経験した杉並区と目黒区での住民協議会と、3年前に手伝った練馬区の都市計画マスタープランにおける区民懇談会の成果が思い出深い。
前者の環7沿道整備の住民協議会では、1年をかけて、区にとっての課題について、街づくり計画に関して区長提案をしてもらった。協議会の概要は、20年前の都市計画誌143号に掲載している。
しかし、住民の願いは、都市計画制度によるルールづくりや沿道施設の整備にとどまらず、環7公害の解消そのものであった。環7の問題は国の制度、都の事業との関係が強いため、当時の建設相、環境庁長官、都知事、都議会、担当事業部、公安委員会等に対して、協議会から直接要望を出す工夫をした。協議会のメンバーは、要望書を携え、都庁や霞ヶ関に出向いていった。
彼らの要望は、残念ながら直接事業に結びつかなかったが、行政への根強い不信感を直に表現しえたことは、協議会という意思決定の場で生じた成果の一つだった。
後者のマスタープランにおける区民懇談会では、区民参加の証として、地域別構想を、行政の構想、その構想に対する住民懇談会と行政の協議に基づく配慮点の明記、区民懇談会によるカルテの三部からなる構成とした。
区民主体の構想にまでは至らなかったが、そのような構成が、区民の参加を、できるだけ形として表現するための工夫だった。
その中で異彩を放っているのは、7地域からなる区民懇談会が、それぞれの地域で思いを表現したカルテであった。そのカルテは、今後のまちづくりの種を提示していた。
住民参加は多くの可能性をもたらす。
以下に、具体的な事業に反映された事例のうち、興味のある事例を取り上げる。それらもまた、住民が手にした計画の形の一つである。
今年06年に全線開通した環状8号線の練馬春日町地区で、都市計画としてではなく、道路事業として環境施設帯が整備された区間がある。
接続する区間では、環境アセスメントにもとづき環境施設帯が計画されたが、既定の区間では通常の幅員計画であったため、地区の街づくりの会と都が協議を重ね、離れ業が採択された。
そして今、その環境施設帯区間では透光型の遮音壁が設置され、10年後のケヤキ並木を待っている。
西宮で復興区画整理を街づくり協議会の長の立場で担った知人の話からすると、区画整理が一定程度目途がつき、次のソフトな住民主体のまちづくり活動に移行するとき、小学校の隣に、子ども達の要望を入れ、住民参加のもとで計画し、作った防災公園が大いに役立ったという。
それまでの区画整理では、町会や特定の地権者が中心だったが、公園を管理する様々な団体、住民が現れ、新たなコミュニティが動き出したそうだ。
また現在、本線の地下化の都市計画変更案が提示されている外環で、地上部の計画に関して、都の提案どおりに、40m案、幅員縮小案、代替路線案が具体的に提示され、地元との調整のもとで計画されていくとしたら、どのような議論がなされるか、これから興味がわくところである。
仮に住民参加による道路に関する都市計画の決定ができたとしたら、注目を集めている道路でもあり、これからの道路整備のあり方に一石を投じることになるだろう。
民主主義・参加型社会 23 [参加型社会]
ノート=民主主義の変容、または参加型社会の新たな局面23
(5)公共財と社会資本
都市や行政の所有物だけでなく、それを構成する建築も景観も公共のもとで語り、コミュニティをソフトな社会資本として語ることが、これからの社会において必要になりそうである。
余りに長く、行政が公共の概念を占有し、民間業に対してライフラインなど一部にその適用を限定してきた。その弊害が、財政難のもとで行政が配るパイを失いつつある状況下で発せられた、民間ができることを民間にという号令のもとで顕わになってきている。規制緩和は何をもたらしたのだろう。
公共性を伴わない社会的、経済的行為は、モラルの低下を防げない。
例えば公共という概念に裏打ちされていない建築は、行政自体の、及び天下りが作り出した民間の確認制度というノーチェックの善意のシステムの中で、建築構造偽装事件を引き起こした。
建築もまた優れて公共財なのである。人々が生活を営む基本となる住の場を提供する以上、安心・安全は建築の条件である。
そして、民間建築であっても、公共財であるが故に、集団規定による制限が可能になり、地域の景観の一部として位置付けられる。
規制緩和、官から民へ、小泉首相によれば民ができることは民へ、それは公共の市場化を意味した。しかし、嘗て行政権限のもとで公共と見なされてきた分野の市場化は、見事に公共性が捨て去られ、モラルハザードを結果した。
生活世界、公共世界という構造認識がなく、官製談合が止まない国で、公共は一挙に私欲を是とする経済世界に投げ出された。
生活世界、市民が担う社会、公的機関が取り仕切る分野、行政の関与が相当程度を占める経済社会、そこに人と人の信頼を繋ぐルールに拠って立つ公共が存在する。規制緩和に対して、受け皿として公共世界の構築が必要だった。
成長期の終わりの中曽根以降、バブル崩壊後一時鳴りを潜めたが、デフレ下の小渕と引き継がれた、財政投融資、公社民営化のもとで進められた民活路線の実をならせたのが小泉だった。
平成不況からの脱出を第一優先にし、財政破綻状況から身を隠すために小泉が断行した規制緩和は、経済や社会の二極化を促し、戦後の経済成長のもとで、総中流化と言われるにまで至った平等主義を終焉させた。
改革の旗を掲げた小泉の下でなされた急速な規制緩和は、行政が負託されてきた公共の枠組を問うことなく、また民間への公共の義務の委譲を伴うことから目をそむけ、システムをそのままにして、行政の権限だけを民間に移行させた。それは、新たな無責任体制における利権構造の構図だった。
その構図は、昨年末に生じた建築構造偽装事件で、建築基準法のもとで責任だけが残った行政が、民間主事を含めた詐欺的な行為の尻拭いをせざるを得ないという姿で明らかになる。
しかも、その結末たるや、発端となった建築士一人の罪に帰せられた。
この件に関して言えば、建築を、都市の中の要素として位置づけることにより、公共財としてのチェックを経るシステムが必要だった。
新しい公共を標榜して脚光を浴びたNPOは、福祉の分野では市民による公共のセイフティネットの一部を作り出したが、多くのNPOは、零れ落ちる公共の受け皿としての機能ではなく、市場の隙間の開拓に走った。
また、導入当時、期待を抱かせた行政施設の指定管理者制度は、従来の行政の論理を揺るがすことができず、行政の下請け機関を広げるという結果をもたらしている。
しかし双方とも、従来の公共の概念を、新しい形で民間の手元に置く可能性を持つ。
或いはむしろ、公園の住民管理といった方法が、分かりやすく、手っ取り早いかもしれない。
生活世界の場で、コミュニティを地域の意思決定の主体として機能させていくには、生活の場において重層的に存在しているコミュニティが開かれ、人の繋がりを保障するソフトな社会資本として機能していくことは欠かせない。
そのコミュニティなくしては、阪神の復興はなかった。
必要なのは、市民による公共の獲得なのだ。
民主主義・参加型社会 22 [参加型社会]
ノート=民主主義の変容、または参加型社会の新たな局面22
(4)共有されるもの その2
例えば、幹線道路の整備に批判が集まり、そのことをクリアーするために行政が四苦八苦していることを考えてみよう。
PI協議会での議論や大深度地下の採用、地上部の街路のありように関する住民への提案といった外環の計画の変遷に見るように、都市計画決定されていることすら、今や合意のために提示される一つの条件でしかなく、社会的に既得権としては認められていないことに注目してもよい。
従来型の発想である受益の論理では答が出ないのは、現在以上の利便性やサービスを住民が求めていないからである。産業社会から消費社会への変化において、需要する側の論理が無視し得なくなり、また人々が求めている豊かさの質が変わりつつあるからである。
また公害が社会問題として認知されつつあった四半世紀前と、同じ環境の範疇に入るとしても、地球環境問題を経た今日、現在の住民の意識、社会的な合意のあり様は明らかに変化している。必要性は、アプリオリに成立する価値観では無くなった。
また、同じ土地利用を継続するのであれば話は少し異なるが、新たな開発行為が始まるまで、その土地には何の既得権も無いと認識することが重要である。
都市計画の用途地域図で示されている色は、その土地の既得権ではなく、制約条件である。
限られた土地に立体的なまちを作り出す大規模建築であれば一層、その建築による周辺への影響を考慮し、公共空間を提供する義務があり、その旨を規定している宅開指導を緩めることは、理に反する。
そして建築基準法は、国立市で争点になっているように、それを全て満たしたからといって、その地で必要とされている景観への要請、都市の中にあるための条件を満足している分けではない。
そのことは、その土地の利用は他者のためにも提供されなければならないことを物語る。
そして、これからの地区の計画は、法定の地区計画等や建築協定を超えて、自らの土地に対する宣言、或いはその集合体であるまちにおける宣言が、条例等によって認められ、計画として認定されていく可能性を示唆するものでもある。
例外を原則にという考え方を適用すれば、様々な内規を公的に定め直すという場合もあろう。
それは行政の判断を通す要請型といった形態で無く、自発的な意思を、議会承認によって社会的に共有できるよう客観化する宣言型の計画論と言ってもよい。
その時、行政が作り出した既存制度の枠組の中で考える必要はなく、住民の発意を原則とするのであれば、むしろ自由な、生活にまで踏み込んだ様々な計画のあり様が見えてくるように思う。
制限の緩和を既得権と認識し、土地の商品化を推し進める規制緩和とは違う道筋で、都市計画制度の不自由性から脱却する方法論が生まれてくるのだ。
そのためには、共通の言語である社会的な価値観を持つことが必要であり、自分の所有物を自由に処分することは権利であるとして、全く疑ってもこなかった所有権に対する意識が、実は個人の所有権は、社会の所有の一部であることに移行することを合意できるか否かにかかっているようにも思う。
住民自治から発想する参加型社会は、行政のシステムだけではなく、これまで保護されてきた個人の権利の解体と再構築にも繋がっていく。
例えば、パートナーシップは、行政への参加形態としては目標に近いが、公共への参加という切り口から見たとき、住民自治の入り口に当たる。
新しい公の発想や、兼業の思想は、行財政改革により役割が限定されていく行政に対抗する、個人が社会的に自らの領域を作り、自立するための準備が必要なのだろう。求められるサービスを理解した行政も変わるだろうが、消費者の個々のニーズに敏感な社会の方が、もっと急テンポで変わっていく。
その社会の中に、個別の顔を持った人々が姿を現してくるのだろう。
そんな思いがしている。
民主主義・参加型社会 21 [参加型社会]
ノート=民主主義の変容、または参加型社会の新たな局面21
(4)共有されるもの その1
都市において、住み続けることを一つの目的として掲げた場合、その条件は、必ずしも市街地の様相を整えた良いまちである必要はなく、人それぞれの条件を満たしてくれる住民が好きなまちであってもよい。
都市は住む器に過ぎないから、その形態のあり方は共有されるべき条件であっても、目的にはなり得ない。
その点は、現在進行中の人口減少時代に、社会的な負荷を軽減し、新たな生活様式を作り出す必要があるとして、最近提案されるに至っているコンパクトシティであっても同様である。
また24時間開いているコンビニを窓口にしたサービスが深化していけば、公共施設の概念が変わっていくだろう。
行政の持ち物だから公共施設であったとした時代、社寺を公共から遠ざけ、祭を私的な位置付けにおとしめた。
またかつて公害と呼ばれたように、国民にとっては、民間企業や車がもたらす環境の悪化に対して、公の責任下でコントロールすべきものとして受け止められた。
しかし今、祭にしろ、エコビジネスが生まれつつある環境にしろ、逆転現象が起こりつつある。
そして制度上、絶対的な権限のもとで庇護されてきた公共施設の国による設置・管理が、住民投票や、道路環境訴訟によって、根拠を失いつつあることを見る。
そこで現れた指定管理者制度は、今まで行政の占有物だった施設の管理を、住民や民間に委ねる方向を提示したという点で、新たな一歩を踏み出しているように思う。
行政の限界と、規制の緩和の歯車があったとき、新しい社会サービスの可能性が出得るのだなという感がしている。
民主主義の議論と同様のことである。
参加型社会で準備される民主主義は、現在我が国で定着している行政民主主義ではなく、主権者である住民が生きることにとって不都合のない形を持つ必要がある。
参加から協働を経て、自治のイメージがその中から現れる。
まちづくりにおいては、行政が都市計画を占有してしまったために、事業は、あるまちが作り出されるための過程に過ぎず、事業を採用することが目的ではないことを忘れていたのかもしれない。
阪神淡路地域の復興における一つの悲劇はそこにあった。しかし一方、それを超え、復興の過程でコミュニティの再構築に結びついた事例も、育ちつつある。
参加型社会を念頭に置いた都市の計画において、これからは将来の目標に達するための事業や制度を語るではなく、それぞれのまちに住んでいる人々の手に届く方法を共通の手段とし、生活のあり様を語ることが必要となろう。
今までの計画は、将来を強要し、その結果目的に沿わない住民を排除してきた。まちづくりを、行政の枠組の中に位置付けようとして、余りに一元的に把え過ぎてきたのだ。その視点から、コンパクトシティが語られる必要があるのだろう。
計画は、ある目的を達成するための規定性ではなく、生活のあり様を支援するものとなり、スタートを示すものに変わっていく必要がある。使われることによって深化し、時にしたがって変化し、場面に応じて柔軟性に富むことがそこで求められるものとなる。
その時にある計画とは、皆がスタートラインに立つ共通の言語である筈であり、向かうべき目標像ではない。
仮に目標像があるとしても、緩やかなものであり、百人いれば百様のアプローチの方法を持つことになるから、これまでの計画でイメージされてきたような、到達すべき目標像としては機能しない。
むしろ、真鶴の美の条例で示したような抽象的なものであってもよいし、多くの住民がどこかで参画できる目標であってもよい。さらには、その都市・行政を嫌な人間は、好きな都市・行政を選ぶこと、足の選挙まで射程に入ることにある。
民主主義・参加型社会 20 [参加型社会]
ノート=民主主義の変容、または参加型社会の新たな局面20
(3)消費社会における変質
近年、地方の人口減少、高齢化、経済の減退、大規模店の郊外進出等を背景にした、旧来の中心市街地の空洞化とともに、高度経済成長期に急速にスプロールが広がった大都市近郊の荒廃も話題になりつつある。
車社会による都市の密度、利便性、そして人口の減少が関係しているから、双方を同時に解決することはおそらくできない。
今般のまちづくり三法がコンパクトシティとしてイメージしたように、高齢者を、交通条件に恵まれた都市の一角に集め、福祉の供給をする方が合理的であるように論理上は見える。
しかし、経済が落ち込み、その構造を支えることが困難になった時に迎える厳しい末路を、高層の共同住宅が建ち並ぶ東欧で実際に目にすると、供給する側の合理性の論理は、一時の経済条件を背景にしたものであり、現在のような経済の大きく変化する時代においては不確実な思考の一つであることが分かる。
東欧のように電気事情に問題がある場合にとどまらず、例えば、最近のシンドラー社の欠陥エレベーターは、高層階の住民の生活を脅かした。維持管理が十分に出来ないマンション等で、同様の事故がいつ起こるかわからない危険性は広がっている。
大規模な投資が可能な供給者の論理は、経済力に限界がある個々の消費者が主役となり、消費者の嗜好で経済の不安定性が高まる可能性がある消費社会において、遠からず成立しなくなるだろうことを予感させる。また、その不安定さは、消費能力の限界とともに推移する。
大都市では、特にスプロールを受けた練馬区のような地域において、まちができた時代毎のパッチ模様を地図上に残している。
またここ四半世紀くらいは新しい商店街はできず、新興の住宅地では、新たにできた中型の小売店とコンビニエンスストアで消費者に対するサービスが賄われる。そして規制緩和のもとで、24時間営業のコンビニを窓口にして、行政・金融・宅配・チケット購入・在宅介護等、立派に公的な分野を担っている多様なサービスが地域の中に準備される。新たなまちづくり産業とも言うべきものが、コンビニで生まれ出していると言ってよい。
中心市街地の空洞化は、急速に変化した消費者ニーズに対応できなかった魅力の無さから生まれ、交通の利便性が向上した結果、様々なニーズに対応することができた都心や、個々人の嗜好に合った郊外店に奪われた結果生じたのであり、中心市街地の活性化は、嘗ての供給型の発想を継続する限り、成功することはないだろう。
消費の合理性を追い求めた結果生まれた、車依存社会におけるライフスタイルを支えるシステムを戻すことは難しい。
膨大な予算措置を伴う介護保険制度は、福祉における民間の参入の機会を広げ、さらに官民の境界を曖昧にしていく要因になる。
例えば、現在既に芽生えているが、福祉NPOの紹介で、症状に応じた医師との相談ができ、看護婦が派遣されるような、民間による公的なサービスが、システム的にできあがるだろう。NPOの公的性が社会的に認知されていくことにより、いずれ、共助を担うNPOに関する基金は必要経費として認められていくだろう。
税金・保険を払う対象が変化していくのである。財政難が進むほど、新しい公の出現は、意外と早く訪れる可能性がある。
このような民間によって担われる公の広がりを考慮すれば、今まで行政が占有し、一方的に供給してきた公のサービス水準が変化ことになり、参加型社会、言い換えれば公への参加が住民によってなされる社会の姿は一つではないということが明らかになっていく。
ユーザー側が社会の主役になることの意味が、徐々に明らかになっていく。
個々人は貧しいとはいえ、社会総体が豊かになった時代、嘗てと同じ物を供給し続けても、誰も見向きもしなくなる。
今まで私は、都市のあり様を、書物の中から、そして制度の中から、供給の論理のもとで見てきた。その供給の源であった行政権限の縮小は、人口減少と、21世紀初頭から急速に進んでいる予算規模の縮小によってもたらされることになるから、その時の意思決定のあり様は、今とは全く異なることになる筈である。
懸念材料は、規制緩和のもとで生じた、行政から民間資本への権限委譲である。民間資本は、セイフティネットを設けることはない。行政・民間・住民等がそれぞれに担うべき公のサービスの議論が、ますます重要になっていく。
民主主義・参加型社会19 [参加型社会]
ノート=民主主義の変容、または参加型社会の新たな局面19
(2)都市の課題の変質
都市の形成もそのことによって生じる破壊も、敷地に与えられた権利の行使に起因している。所有した敷地に対する自由裁量権とも言うべき感覚は、土地の私有に裏打ちされているが、土地の価値が余りにも高くなったため強まったのだろう。
例えば、近隣紛争は、コミュニティの崩壊に起因する分けではない。都市の形態に着目し、土地の活用を重んじる器であることを受容した近代都市の計画論が、建築を商品化することを目指した結果、地域の公共の基礎である近隣関係、都市のコミュニティを作り出すことに失敗したことに起因する。
一方災害に対して脆弱な密集した市街地は、今日の都市計画ができる前に形成されたもので、都市計画上も建築基準法上も不適格な市街地である。そこでは、従来の防災の発想だけでは対応困難であり、減災のためにコミュニティが頼りであるとされている。また最近では、新たな都市型犯罪に対応するため、安全だけでなく、安全と安心という標語も生まれ、定着し始めている。
開発に飽き、古く馴染んだ街並みが壊されていくことに異議がさしはさまれる成熟期において、都市のあるべき姿は、各人の欲望に根差した既得権の行使からではなく、規制の中から生まれる。人口減少時代に欠かせない視点でもある。
そして現在ある魅力的な都市の多くは、それぞれの都市に設けられた規則の上に作られ、成功例として話題を提供するまちづくりの動きも、住民の負担を伴う規制の共有を手段の一つとしている。また、巨大化した都市では、スプロールによる無秩序な市街化の進行に対して、居住環境を守るために、成長管理の発想を必要としている。
今までそう考えられてきたし、環境よりも土地の機能を優先しようとする規制緩和は都市を更に破滅に導くと思われてきた。
それをあっさりと追いやったのは、デフレからの脱却と称して、規制を悪者にし、アメリカ型のグローバリゼーションを受け入れた小泉政権下だった。
都市は、今まで以上に経済の論理の元にさらけ出されている。住民参加も、行政による枠=規制の緩和の下で進められるが、それは公共の場への住民の登場であって、経済の場とは異なる。
現状は、双方が、規制緩和の元で交差し合っている。
また一方、良い都市が作られれば、人はそこに移り住む。そしてその良いまちは、多くの場合、住民参加では作られておらず、都市の理念の中から生まれてくる。新市街地の住宅団地など好例である。
わが国では残念ながら、足の選挙にまで至らないが、自分が求めている機能が満たされれば、人は新しい場所に移動することを厭わないように見える。
そして皮肉なことに、古くからのまちではコミュニティの危機が報じられ、新市街地にはコミュニティが形成され、様々なクラブやNPOが作り出される。
参加型の都市とは、住民が自分達で支える普通の都市である。
今まで、行政が、これが都市計画である、或いはまちづくりであるとして、法制度に拠って立つ内容にしたがい音頭を取ってきたために見えにくくなったまちのあり様が、生活世界の場における住民の意思決定という切り口のもとで、もう一度姿を変えて現れ始めたのだ。
都市計画の住民提案制度は未だハードルが高い。実質的なコミュニティに目を塞ぎ、都市の望ましい形態を追い求めた我が国の近代都市計画は、地方分権を契機にしてこれから変容せざるを得ない。
開発が止まり、更新期を迎えることになる都市において、その更新を支えることになるコミュニティの再生は、それを必要とする住民自治の再生によってもたらされる以外になく、行政が、今まで行ってきた住民に対する一律的な関与をやめ、住民に意思決定を委ねることを出発点とすることになろう。
これからの都市の計画において、阪神の復興事例を検証し、その過程を共有することが必要なのだと思う。そこでは様々な失敗があったし、批判されるべき点も多いが、住民協議会による意思決定等、受け継ぐべき点も多い。
そこで新たに問われるのは、形としての都市ではなく、集住の器としての都市となっていく。制度はありきではなく、集住のあり方にとって必要な姿に姿を変える必要がある。それはおそらく、住民に手の届くルールのようなものから始まるのだろう。
世田谷区などが作り出したまちづくり条例、活動の受け皿としてのまちづくりセンター等を見ると、多様に実験段階に入りつつある住民参加のシステムは、この動きに対応しているように見える。
その視点から、今般のまちづくり三法の改正で、中心市街地活性化の手法として、従来進めてきたTMO(まちづくり機関)の取り組みから、公的機関を交えた協議会方式に切り替えるとしたことは、どう評価できるのだろうか。
まちづくりの仕組みを準備するのは結構だが、その選択を、上から一律に押し付けてはならないと感じる。
民主主義・参加型社会 18 [参加型社会]
ノート=民主主義の変容、または参加型社会の新たな局面18
6.参加型社会における都市の計画のあり様
このような参加型社会で、行政が必ずしも主導権をとる立場でなくなった時、まちづくり行政にとって重要な自治事務の一つである都市計画は成り立つのだろうか。
68年に都市計画新法ができて40年弱、80年に住民参加を標榜した地区計画が導入されて25年、地方分権を射程に入れつつ、92年に都市計画マスタープランが制定されて15年弱経った。21世紀に入り02年に住民による都市計画提案が盛り込まれ、04年に景観法ができ、住民参加を掲げた市町村のまちづくり条例化も進んだ。
そして膨大な赤字財政を背景に、地方分権法が制定され、中央官庁の構造に一部変化の兆しが見え、平成の市町村合併がほぼ一段落しつつある。地方の時代といわれる一方で、規制緩和の圧力が増している今日、参加型の都市とはどのようなイメージで語られるのだろうか。
急速に変化していく時代において、都市のあり様にも大きな変容がありそうである。その時、計画者にとって、どこに自分の位置を置き、どこに焦点を当てることが必要なのだろうか。
(1)背後にある主役の認識
参加型社会の主役は、政治の場を選択した住民であり、そのことを考慮すれば、住民による意思決定を条件とした仕組みを、都市の計画の中で準備する必要がある。パートナーシップ下において、住民も権利と同時に責任を受け持つのであるから、これまで制度で保障されてきた行政の決定システムではなく、住民も対等な条件で決定段階に参与するシステムを用意することが必要となる。
これまで理念でのみ存在していた主権を有した国民が現す実質的な姿を前に、戸惑いすら覚える。
今日に通じる都市計画法ができたのは、戦後20年以上経った時期であり、我が国の民主主義は、行政主導型に変容を遂げつつあった時である。
制定当時、革新自治体の動きもあり、地方を始めから意識していた時代に制度化されたことは、その枠組が時代とともに次第に変化し、地方自治と住民参加を重要な位置に据えてくる条件をスタート時点において備えていたと言ってよいのかも知れない。
遅れて制度化された都市計画であったが故に、時代・社会の変化に合わせながら、既得権にそれほどとらわれずに、その後改正の道を歩めたのだろう。
住民参加の必要性を明確にした地区計画は一度目の画期であった。
二度目の画期である都市計画マスタープランは、地方自治と計画への住民参加の可能性を広げた。
そしてやっと都市計画の住民提案制度までたどり着いた。景観法では更に進み、地方ベースの仕組みが盛り込まれるに、至っている。
仮に次のステップである住民によるまちづくりの自治に至るとすれば、国による平等主義ではなく、地方自治による差異の選択による。
都市の計画及び都市の管理において、これまで行政が占有してきた公の部分を担うのは、行政と住民の双方となる。まちづくりにおいて、行政と住民の協働の範疇から、住民の自立の範疇を入れることも必要となる。
そのことについては、幹線道路に対する尼崎訴訟の地裁判決、吉野川の住民投票、最近では基地移転に対する住民投票等の結果から提示された、国による公共の限界に対する現行制度の見直しにも萌芽が見える筈である。
地方自治法の改正によりもたらされる、法定受託事務と自治事務への変化の意味はどのように認識すればよいのだろうか。
法定受託事務は従来の機関委任事務を継承するナショナルミニマムであり、自治事務とされた都市計画はパブリックミニマムであると単純に割り切って考えてよいのだろうか。
国、都道府県、市町村は対等の行政といいながら、地方の財源は乏しく、各種事業の採用、市町村合併に見られるように、ヒエラルキーは厳然として存在している。
制度に拠って立つ限り、社会の変化に対応できず、必ず制度疲労を起こし、限界を持つに至る。そのことを避けるために、自浄作用をもたらす仕組みを同時に持つことが必要なのではなかろうか。
そのために、これから必要となるであろう、住民と行政の対等な関係をもとにしたパートナーシップのもとで模索されるシビルミニマムをどのようにして確保するかが問われるのである。
今まで、間接的な民主主義のもとで、権利とともに責任を置き去りにされてきた住民が、自分たちが主役となる場を通して、双方を直接的に担う仕組みを考え出すことが、必要となってきたように思われる。住民の顔が見える、公共の場の形成が、そこで模索されることになる。
そのことが、行政の内部でシステムを構築することを目指すのではなく、まちづくり等に対して、様々なアクセスに対応できる情報公開のもとでの住民参加や住民による意思決定、人・物・金の支援措置を用意するなど開かれた装置を持ち、行政の外部に住民の監査であるオンブズマン制度、直接参加に通じる住民投票条例等を設けておくことが必要である所以である。
民主主義・参加型社会 17 [参加型社会]
ノート=民主主義の変容、または参加型社会の新たな局面17
(5)兼業型社会
ボランティアは兼業である。I氏から聞いたこの言葉も新鮮であった。こんな当然の認識を知らずにいた。
参加型の社会は、兼業社会でもあると定義するとぴったりくる。これまでの個々人を専業に縛ってきた分業社会ではない。
同じことに興味がある人どうしが、専業にとらわれずに、自由に、それぞれの責任に応じて、共通したことをやればよいのである。むしろ専業から、意識的に離れることにミソがある。
人の生業は、実は大きく、専業のみが肩書きを持つことの社会とは異なった社会のあり様を、兼業という言葉はイメージさせてくれる。
分業社会ではなく、兼業社会になるということは、お互いの役割分担のもとで結果としての総合を得る社会ではなく、一人が様々な役割を演じ、全体の中でお互いの領域を分け合う社会になるということである。
トフラーが描いた三つの波に対応して、第一次産業ベースの専業社会から、近代の工業を中心にした第二次産業ベースの分業社会に至り、そして情報社会である第三次産業ベースの兼業社会の可能性が見えてくる。ここでも開いた社会の形が現れてきたと把えた方が良い。
総合型である近代社会の壮大な分業を成り立たせ、個人が所属する企業を中心に成立していた、分業社会で作り出された様々な価値観が、兼業社会では大きく変わる。
地域交流センターが先鞭をつけ、この10年いろいろなところで聞かれるようになった異業種の交流という芽も、ネットワーク型のコミュニティの芽も、案外こんなところに焦点を結んでいったのかもしれない。
専門家や職人は特定の分野で自分を発揮できるが、その分野を支える人が居なければ、成り立たない。支える人が中心となるアマチュアイズムの社会で何が悪いのだろう。この形は、人が解放されていく流れの中にあるように見える。
今やバーチャルコミュニティが成立する時代になっている。
必要なのは、兼業のために用意される様々な場であり、その場がコミュニティを形成するのであり、その場は、どこか人が集まりやすい会場であっても、インターネット上でもよい。
兼業社会であることさえ共通認識できれば、その場が見えてきそうである。中心性を単独に描こうとするから無理が生じるのであり、周辺のイメージを作り出せば、必要となる場が自ずから位置付けられる。その場は固定されるものではない。誰でもが中心になれる可能性を持った、固定的な中心性を必要としないネットワーク社会のあり様は、そんなものであるような気がしてくる。柔軟な網構造の中で、効果的なシステムが見えてくるのである。
数年前、高円寺で40人の作者の様々な出店があった。そこで、アマチュアと、セミプロと、プロが顔を合わせる。
そして、個展でしか出品しないという本の作者が店を出していた。Yという美術家である。彼が作ったシラノドベルジュラックの表紙を見、ヨーロッパの文化の水準を感じ入った。中身は印刷物で、世界中から数百人の表紙を集めて、一冊ずつの本を作るという企画だという。そして本を解体した本を見た。
青空市とは違う、場の面白さがそこにあった。
兼業社会は、どのようなテーマも、全体の一部になっても良いという社会でもある。
全部を自前で構築する必要はない。今ある様々な人や組織、地域を利用し、繋ぎさえすればよい。
そのような兼業の発想のもとで、様々なテーマの、社会における位置付けが今後問われていくことになる。どのようなテーマも、より幸せな生活がいつも目標として設定されるのだろう。その幸せは、決して普遍的な像を結ぶものではなく、時代によっても、地域によっても、人によっても異なる。
不足の姿を持つこともあれば、充足の姿を持つこともある。
ワークシェアリングがなぜ我が国の労働界で議論されないのかの鍵も、ここら辺にあるのかも知れない。そこには分業の発想はあっても、兼業の発想がないのだ。職を失った時、職人、或いはプロとは何だったのだろう。
心ならずもSO-HO化の形を選んだ私には、この兼業社会の流れは自然に感じる。
民主主義・参加型社会 16 [参加型社会]
ノート=民主主義の変容、または参加型社会の新たな局面16
(4)新しい公の形
行政にはとらわれない新しい公の形を、NPOの代表ランナーの一人であるSさんから聞いた。
個性もあるのだろうが、戦後民主主義とともに育った私のように過去を引きずっていない分、飛躍ができるのだと感じる。状況から発想する演繹型の論理は、歴史的経緯から帰結させようと努力する帰納型の論理にとっては飛躍に見えるのだ。
特に、学生の時代に一時、人間の理念的な解放の幻想を抱いた団塊の世代よりも若い人達は、こだわる過去はない強みを持つように見える。
グローバル社会に向かう現代に合ったアメリカ型の発想を抵抗無く受け入れ、参加型社会の構成要素であるネットワーク的コミュニティの担い手として登場し、行政にあるべき公を求めてきた旧人にとっての壁を難なく乗り越え、個人が公人であることから、新鮮な切り口で簡単に答えに到達する。
新たな課題が生じ、そのことを切り口にして行政を内側から変えようとしても、行政はその都度新たに現れる課題を内部化していくから、より大きくなるだけである。
言い換えれば、古くなってしまった体質を残す限り、行政改革は、行政の守備範囲を広げる結果を招きかねない。地方行政が受け持つ範囲がシビルミニマムなのではなく、シビルミニマムの一分野を行政は受け持っているに過ぎない。
行政の外側に、行政がサ-ビスできない分野に対してNPOのシステムを作り出すことに関しては見え出した。行政の枠組みに縛られる協働にとどまるのではなく、自分たちのシステムを自立させればよいという発想である。
社会の分析を通じた論理的な帰結ではなく、始めから参加型社会の具体的なあり様から、演繹的な帰結を見ている。
これからの社会で必要となるのは知恵の部分であり、そのための人の確保に関しては、自立しているプロどうしがネットワークを組むことさえできれば、解決する。
何も企業体で専門集団を抱える必要は無く、テーマ毎にネットワークを変化させて行くことが効率的である。
実務に関しては、既存の組織にアウトソーシングしていけばよい。それは、優れたネットワークの才人である地域交流センターのT氏の戦略にも一脈通じる。
重要な点は、行政とは異なった金の流れの仕組みをNPO主体でつくるという点である。
そのためのツールとして、NPOに対する基金等は無税とするだけでなく、例えば公益信託のシステムをつくり出すというという仕組みである。
金の流れとしては、地域通貨の試みが喧伝されているが、相互扶助という効果をもたらすものの、閉鎖的な地域で成立するにとどまる。もっと開放的で、一般性を確保する狙いが必要となる。
世田谷区のまちづくり行政の限界は、行政が金を作り出す仕組みの部分を握ってしまったことにある。その部分をNPOで作り出せばよい。
中心市街地活性の実験として、一歩踏み出すかに見えたTMO(まちづくり機構)が、今回の法改正で解消され、協議会方式になるとの報道があった。すべてを失敗と見なすところから、新たな協働の形が模索できるのだろうか。
例外を原則にするという発想は、私の中からは残念ながら生まれてこない。
現在生じつつある現象は、従来型社会の価値観から見たら例外である。
それを原則にするには、本流に戻すのではなく、違った流れを作り出すことが必要なのだと、痛感させられる。






